メモ2015-10-30
テーマ:京の名水

天下の三名水

今回ご紹介するのは

天下の三名水(てんかのさんめいすい)です!


京都には名水と伝わっている

水が各地にあるんですけれど

その中でも茶の湯に良いとされ

茶人に珍重された天下の三名水と呼ばれる

3つの名水があるんですね


3つのうち、1つは飲めないんですけれど

2つは飲む事が出来ますので

お近くに来られた際には

是非訪れてみてはいかがでしょうか


それでは早速、天下の三名水をご紹介しましょう

※五十音順です。


■宇治橋三ノ間の水(うじばしさんのまのみず)


宇治橋


場所:宇治橋


宇治川に架けられた

日本三古橋(にほんさんこきょう)の1つに

数えられる宇治橋(うじばし)の西詰から

2つ目と3つ目の橋脚(きょうきゃく)の間

つまり、3つ目にある柱間(はしらま)の

宇治川の上流側に張り出している部分を

『三の間(さんのま)』と言います


天下の三名水に数えられる
宇治橋三ノ間の水とは
ここから汲み取った
水の事なんですね~


1565年(永禄8年)に

茶人としても知られる戦国武将

松永秀久(まつながひでひさ)が

千利休(せんのりきゅう)達を招いて

茶会を開いた際に宇治橋三ノ間の水を

使ったといわれているんですよ

※余談ですけれど秀久の最後は、茶道具「古天明平蜘蛛(こてんみょうひらぐも)」という茶釜(ちゃがま)に火薬を詰め爆死!


また、天下人である豊臣秀吉(とよとみひでよし)も

伏見城(ふしみじょう)で茶の湯の水として

運ばせて使っていたといわれています


現在は、毎年10月に行われる
宇治茶まつり』で献茶に使われ
お祭の中の『名水汲上の儀』では
宇治橋三の間からの名水を
汲み上げる儀式も行われているんですよね~♪

■醒ヶ井(左女牛井之跡)(さめがい(さめがいのあと))


左女牛井之跡


場所:下京区堀川通五条下る西側


醒ヶ井は、もともと『左女牛井』と書き

源頼義(みなもとのよりよし)が築いた

六条堀川邸(現在の卜味金仏町、佐女牛井町あたり)の

中にあったといわれています


室町時代には、侘び茶のスタイルを作った

村田珠光(むらたじゅこう)が側に住んで

茶の湯に使っていたそうで

足利義政(あしかがよしまさ)の

東山山荘に召された際には

ここの水を汲んで茶を献じたそうですよ


また、武野紹鴎(たけのじょうおう)や

利休、織田有楽斎(おだうらくさい)いった

名だたる茶人が愛用したとも伝わっています


その後、荒廃と再興を繰り返し
なんとか残っていたんですけれど
1945年(昭和20年)の大戦の最中
空襲に備えた建物疎開によって撤去され
完全に無くなってしまいました


現在は、佐女牛井町や泉水町(せんすいちょう)

醒ヶ井通りといった町名などに

その名が残されています

※現在、醒ヶ井は枯れているため飲む事は出来ません。


柳の水(柳水)(やなぎのみず)


柳の水(柳水)(やなぎのみず(りゅうすい))


場所:中京区西洞院通三条下る東側


侘び茶を大成させた利休が

茶の湯に用いたとされる名水で

「この水に勝るものなし!」

と褒め称えた伝わっています


柳の水という名前の由来は諸説あって
利休が柳の木を植えて
直接陽が射すのを避けた事からという説や
かつてこの近くにあった
鳳凰山青柳寺というお寺から
『柳』の字が取られたという説があります


そんな柳の水は現在

黒染めを専門とする染物会社

『馬場染工業』

敷地内にあるんですね~


実際に湧き出ていた時の井戸は
枯れてしまっているんですけれど
同じ水源から水を引いて
1リットル20円で
汲む事が出来るようになっています!


ご興味のある方は是非

ペットボトルや水筒を用意して

お水を頂きに訪れてみてはいかがでしょうか


という事で今回は天下の三名水をご紹介しました。

天下の三名水の詳しい場所はコチラ↓