2015-03-16 | |
テーマ:お寺 |
関連:東福寺 / 東福寺 その2 / 東福寺の紅葉 / 勝林寺 / 天得院 / 芬陀院 / 龍吟庵 / 善慧院・明暗寺 / 即宗院 / 同聚院 / |
退耕庵
今回ご紹介するのは
京都市左京区にある
東福寺(とうふくじ・臨済宗)の塔頭寺院の1つ
退耕庵(たいこうあん)です!
退耕庵は1346年(貞和2年)に
東福寺の43世である
性海霊見(せいかいれいけん)によって
創建されたと伝わっています
その後、1467年に起こった
応仁の乱(おうにんのらん)によって
お寺は荒廃してしまったんですけれど
1599年(慶長4年)に
安国寺恵瓊(あんこくじえけい)によって
再興されるんですね
退耕庵の石碑です。
また1868年に起こった
鳥羽・伏見の戦いの際には
長州藩の本陣にもなったそうですよ
※鳥羽・伏見の戦いについて詳しくは、岩倉具視幽棲旧宅の記事をご覧ください。
門前にある戊辰彼殉難士菩提所と刻まれた石碑
ちなみに安国寺恵瓊は
毛利家の家臣で安芸国にあった
安国寺(あんこくじ:現在、広島市東区にある不動院)で出家した後
東福寺や南禅寺の住持になったり
建仁寺の再興を果たす等
京都に大変ゆかりのあるお坊さんです
※NHK大河ドラマ 『軍師・官兵衛』にも出ていたので聞き覚えのある人もいるかも知れませんね。
彼は交渉事に大変優れていた人物で
毛利家の対外交渉を
引き受けていた事でも知られ
黒衣の宰相とも呼ばれていたんですよ
※黒衣の宰相とは、僧職でありながら権力を持った人の異名の事です。
また豊臣秀吉(とよとみひでよし)にも
信頼されていたそうで
一説には大名になったともいわれているんですね
かなり頭の切れる人だったという事ですよね♪
ちなみに関ケ原の合戦のちょうど1年程前には
ここ退耕庵にある茶室
『作夢軒(さくむけん)』で
石田三成(いしだみつなり)
宇喜多秀家(うきたひでいえ)と
軍議を開いたんだそうです
それでは早速レポートしていきましょう♪
こちらの山門から中に入ると
右手には地蔵堂がありました。
中には六歌仙の1人に数えられる
小野小町(おののこまち)ゆかりの
玉章地蔵(たまづさじぞう:または、ふみはり地蔵)が安置されています
地蔵堂には小町寺の額がかけられています。
お地蔵さんは撮影が禁止されていたので
写真はありませんけれど
高さが2メートル以上もあり
さらに小野小町の作といわれている
お地蔵さんなんですよ
大きさもビックリですけれど
小野小町作って!
2度ビックリですよね
そしてこのお地蔵さんのお腹の中には
小町が愛執(あいしゅう)の罪を減らす為に
それまでにもらった数々のラブレターを
納めたといわれています
流石は絶世の美女といわれた
彼女ならではの苦悩ですよね
ちなみにお地蔵さんの名前である
玉章とは『手紙』という意味なんだそうですよ
そんな玉章地蔵なんですけれど
悪縁を絶ち、良縁を結ぶと信じられ
若い女性に大変人気があるみたいです♪
ちなみに退耕庵の玉章地蔵は
江戸時代中頃に
洛陽48願所地蔵巡りの第42番に
数えられていたといわれているんですね♪
※洛陽48願所地蔵巡りとは、六地蔵以外で48ヶ寺の地蔵を順番に回って拝むというものです。
洛陽48願所地蔵尊は以下の通りです。
第1番 壬生寺(みぶでら)・縄目地蔵
第2番 光林寺(こうりんじ)・水那上地蔵
第4番 悟真寺(ごしんじ)・養老地蔵
第5番 休務寺(きゅうむじ)・萬人講地蔵
第6番 成圓寺(じょうえんじ)・延命地蔵
第7番 昌福寺(しょうふくじ)・幸福地蔵
第8番 勝厳寺(しょうがんいん)・見返地蔵
第9番 祐正寺(ゆうしょうじ)・妻取地蔵
第10番 報土寺(ほうどじ)・腹帯地蔵
第11番 超円寺(ちょうえんじ)・跡追地蔵
第12番 地蔵院(じぞういん)・昆陽野地蔵(鍬形地蔵)
第13番 清和院(せいわいん)・玉体等身地蔵
第14番 浄福寺(じょうふくじ)・浄土引接地蔵
第15番 智恵光院(ちえこういん)・六臂地蔵
第17番 上品蓮台寺(じょうぼんれんだいじ)・天神同体地蔵
第18番 地蔵院(じぞういん)逆川地蔵(歯形地蔵)
第19番 西林寺(さいりんじ)・木槿地蔵
第20番 西園寺(さいおんじ)・土止地蔵(槌留地蔵)
第21番 佛陀寺(ぶっだじ)・王城地祭地蔵
第22番 了蓮寺(りょうれんじ)・水落地蔵
第23番 真如堂南地蔵堂(しんにょどうみなみじぞうどう)・鎌倉地蔵
第24番 尊勝院(そんしょういん)・米野地蔵(米地蔵)
第25番 西方寺(さいほうじ)・衣通姫地蔵
第26番 三福寺(さんぷくじ)・夢見地蔵
第27番 檀王法林寺(だんのうほうりんじ)・袖取地蔵
第28番 矢田寺(やたでら)・那落化現地蔵(代受苦地蔵)
第29番 誓願寺(せいがんじ)・西院川原地蔵
第30番 光明寺(こうみょうじ)・常盤華地蔵
第31番 妙心寺(みょうしんじ)・醒井地蔵
第32番 常楽寺(じょうらくじ)・弟児地蔵
第33番 蛸薬師堂(たこやくしどう)・鯉地蔵
第34番 西光寺(さいこうじ)・腹帯地蔵
第35番 善長寺(ぜんちょうじ)・枕返地蔵(立江地蔵)
第36番 染殿院(そめどのいん)・染殿地蔵
第37番 仲源寺(ちゅうげんじ)・目疾地蔵
第38番 六波羅蜜寺(ろくはらみつじ)・鬘掛地蔵
第39番 法観寺(ほうかんじ)・夢見地蔵
第40番 正法寺(しょうほうじ)・身代地蔵
第41番 清水寺(きよみずでら)・勝軍地蔵
第42番 退耕庵(たいこうあん)・玉章地蔵
第43番 専定寺(せんじょうじ)・獅子地蔵
第44番 福田寺(ふくでんじ)・乳房地蔵
第45番 蓮光寺(れんこうじ)・駒止地蔵
第46番 極楽寺(ごくらくじ)・手引地蔵(安産地蔵)
第47番 新善光寺(しんぜんこうじ)・来迎地蔵
第48番 本覚寺(ほんがくじ)・泥付地蔵
そしてこちらは
『小町百才の井戸』です。
小町はこの井戸の
水鏡に移った自らの姿を見て
「おもかげの かはらでとしの つもれかし
たとえこの身に限りあるとて」
と詠んだといわれています。
訳してみると
「面影が変わらないまま年月よ過ぎておくれ
例え命に限りがあるとしても」
というような意味になるんだと思います
なんとも女性らしい願いのこもった和歌ですよね♪
その地蔵堂の隣には
『昭和の妖怪』といわれた
岸信介(きしのぶすけ)の記念樹がありました
※岸信介とは、戦前戦中戦後を政治家として活躍し戦後は総理大臣にまでなった人物です。
ちなみに岸信介のお孫さんが
安倍総理です!!
そしてこちらが本堂へと続く入り口です。
玄関には華頭窓(かとうまど:または、火灯窓)がありましたよ!
華頭窓
禅宗の建築様式として中国から伝わったもので
炎の形をしているのが特徴なんですね!
こちらは本堂です。
本堂にはご本尊である
千手観音像が安置され
横には小野小町百歳像も安置されているようです
ちなみにこの日は
琳派400年の記念イベントで
本堂内には着物が
ズラリと並んでいましたよ
着物の写真は
許可なく撮ってはいけないようでしたので
写真はありませんけれど
どれもとても美しくて
見とれてしまいました~♪
その本堂前には
中国の西湖を表したといわれている
池泉回遊式庭園の北庭があります。
写真の庭の前に写っているのは客殿で
1599年(慶長4年)
恵瓊によって建てられたと伝わっていて
京都市の重要文化財に指定されているそうです
また、本堂と書院の間には
真隠庭(しんにんてい)と呼ばれる南庭があり
苔で覆われた枯山水庭園となっています♪
そんな小野小町ゆかりのお寺
退耕庵の場所はコチラ↓
最寄の交通案内
市バス 202・207・208系統 東福寺(とうふくじ)
1 ■参考になります
歴史など面白く書かれていて非常に参考になります。知識として知っておけばその場所も
歴史の舞台となりますね ただ鑑賞するだけでない旅ができそうです
京ちゃんさん 2019-11-25 15:08:07
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