今回ご紹介するのは
祇園祭・後祭(あとまつり)の
山鉾巡行(やまほこじゅんこう)です!
後祭は1966年(昭和41年)以来
行われていなかったんですけれど
2014年の祇園祭から
49年ぶりに復活したんですよ
そして今回はそれだけでなく
なんと150年ぶりに山鉾巡行に復帰した
大船鉾(おおふねほこ)も見所なんですね。
後祭に大船鉾と
本来の山鉾巡行に近づいてきたと思います
さて、先ほども言いましたように
今回の祇園祭は後祭が復活した事で
特に注目されているのですけれど・・・
そもそもどうして、前祭(さきまつり)と後祭は
数十年と一緒に山鉾巡航を行ってきたのでしょうか
その理由はいろいろあるようですけれど
一番の理由としては交通面だったと言われています。
巡行が2回ある事によって
交通規制をしなければならない事や
それにかかる費用もかさむという事で
巡行を1回に統一したというわけなんですね。
あれれ?
じゃぁなんで今年、復活する事になったの
と思いますよね~
それは山鉾連合会の理事長さんが
昔ながらのおごそかな祇園祭を
復活させたかったからなんだそうです。
後祭では歩行者天国や夜店が無くても
鉾が静かに佇み
囃子の音色に風情を感じられるような
そんな雰囲気だったそうですよ
とは言っても、現代には現代の事情があり
後祭の復活は難しかったそうなんですけれど
大船鉾が復活するという事で
機運が一気に高まり
2014年に後祭が行われる事になったんですね。
というわけで、後祭の巡行の様子を
レポートしていきたいと思います
後祭は午前9時半過ぎに
橋弁慶山を先頭にして出発しました!
ちなみに後祭の巡行は
前祭の巡行とは逆回りとなっているんですよ~
先祭は、四条通り→河原町通り→御池通り
と京都市内中心部を左回りに巡行するのに対して
後祭は、御池通り→河原町通り→四条通り
と右回りに巡行するんですね
まずは後祭の先頭を行く
くじ取らずの
![橋弁慶山](2014/07/24/01/2014-07-24-1.jpg)
橋弁慶山は、弁慶と牛若丸が
五条大橋で戦っている様子を人形で
表しているんですね。
次に行くのが
くじ取らずの
![北観音山](2014/07/24/01/2014-07-24-2.jpg)
北観音山は見た目から
鉾と勘違いする人もいるかと思います
山でありながら
お囃子もありますし
曳山なので、辻回しも
鉾と変わりないですよね。
しかし屋根の上には鉾ではなく
松の木が建てられているんですね
これが鉾ではなく、山である証拠なんですよ。
そしていよいよ次は
後祭の山一番を引いた
![八幡山](2014/07/24/01/2014-07-24-4.jpg)
7月2日に京都市役所で行われた
くじ取り式で見事、山一番を
引きました
そもそも、どうして巡行の順番を
くじで決めるようになったのかと言いますと
山鉾同士の争いが耐えなかったからなんですね。
最初の方に巡行する山鉾には
その迫力に圧巻されちゃうんですけれど
どうしても慣れてきてしまうので
途中で帰ってしまう見物客もいたそうです。
その為、目立とうと思うと
前の方に出ていかなければならず
これが争いの原因だったんですね~
そういった事を無くして
順番通り正しく巡行するように取り決めたのが
くじ取り式というわけなんです!!
![八幡山のくじ改め](2014/07/24/01/2014-07-24-3.jpg)
八幡山のくじ改め
ちなみにこちらは、くじ改めといって
くじ取り式で、くじを引いた山鉾は
巡行の順番の番号が書かれた
くじの入った木箱から
扇子を使って木箱の紐をほどき
くじを奉行役に見せる独特の所作があります。
この所作は、各山鉾によって少しづつ
違いますので、見ていて面白いんですよ
また八幡山の上には八幡宮を勧請し
鳥居には夫婦和合の意味を表している
鳩が向かいあっていました。
次に山2番であった
![浄妙山](2014/07/24/01/2014-07-24-5.jpg)
この山は『平家物語』の宇治川の合戦で
一来法師(いちらいほうし)と呼ばれる
大力の剛の者が浄妙坊の頭上をひらりと
飛び越えて先陣をきった時の様子を表しています。
次に山3番の
![鈴鹿山](2014/07/24/01/2014-07-24-6.jpg)
御神体に『瀬織津姫命(せおりつひめのみこと)』と
呼ばれる神様を祀り
山の上には鳥居が立てられています
そして次はくじ取らずの
![南観音山](2014/07/24/01/2014-07-24-7.jpg)
もともとは北観音山と
隔年交代で参加していたそうです。
南観音山の松の木には
尾長鶏(おながどり)が止まっています。
ちなみに北観音山には鳩が止まっているんですね。
そして山4番の
![鯉山](2014/07/24/01/2014-07-24-8.jpg)
鯉山は、龍門の滝を登りきったら
龍になるという中国の故事に由来する山です。
御神体は、もちろん鯉なんですね
次に山5番の
![役行者山](2014/07/24/01/2014-07-24-9.jpg)
今回から山鉾巡行に聖護院の山伏が参加しています。
巡行の際には法螺貝をふいていましたよ
ちなみに後祭の山鉾巡行の前日には
祇園祭の無事を願い、護摩焚供養が行われます。
※護摩焚供養について詳しくは、祇園祭 2012 護摩焚供養(役行者山)の記事をご覧ください。
そして山6番の
![黒主山](2014/07/24/01/2014-07-24-10.jpg)
黒主山は謡曲『志賀』にちなんで、
大伴黒主(おおとものくろぬし)が
桜の花を仰ぎ眺めている姿なんですよ。
大伴黒主は、
紀貫之(きのつらゆき)が
『古今和歌集仮名序』において
『近き世にその名きこえたる人』として
挙げた歌人の中の1人です
そして最後はくじ取らずの鉾で
150年ぶりに復興した
![大船鉾](2014/07/24/01/2014-07-24-11.jpg)
大船鉾は
船鉾(ふねほこ)と同様に舟形をしていて
鉾に祭られているご祭神も
神功皇后(じんぐうこうごう)です。
ちなみに船鉾は
神功皇后の出陣の船を表しているのに対し
大船鉾は凱旋の船を表しているそうですよ
大船鉾は
今はまだ本来の姿ではなく
毎年、少しずつアップデートをして完成に近づけていくそうですから
少し通な楽しみ方として来年は何処に変化があったのか
見比べてみるのも面白いのではないでしょうか♪
![大船鉾の辻回し](2014/07/24/01/2014-07-24-12.jpg)
そしてこちらは河原町御池での
大船鉾の辻回しです
辻回しとは、山鉾が90度方向転換する事です。
![車輪の下に竹を並べ水を撒きます。](2014/07/24/01/2014-07-24-13.jpg)
車輪の下に竹を並べ
すべり易くするために水を撒き
山鉾を横向きに引っ張り
車輪を滑らせるようにして方向転換するんですね。
![音頭取り](2014/07/24/01/2014-07-24-14.jpg)
辻回しは4人で音頭をとります。
こうしてこの後
四条通りを西に進み
各山鉾町へと帰り、その後に解体されます。
後祭の様子は動画でご覧ください。
そんな後祭の山鉾巡行が行われた場所はコチラ↓
より大きな地図で 祇園祭 後祭 山鉾巡行 を表示