写真と解説付きですので
是非、問題にチャレンジして下さいね
では早速1問目です。
【問題】
妙喜庵(みょうきあん)にあり、千利休(せんのりきゅう)作で唯一現存する国宝の茶室は( )である。
ア.待庵(たいあん)
イ.如庵(じょあん)
ウ.密庵席(みったんせき)
エ.忘筌席(ぼうせんせき)
答えは↓にスクロールして下さい。
シンキングタイム★
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では、答えですっ。
【答え】
ア.待庵
妙喜庵は、京都府乙訓郡(おとくにぐん・長岡京市の南)にあるお寺で
ここに千利休の建てた茶室『待庵』があります
注目すべきは、その広さで
・・・なんと、わずか2畳!
この茶室は山崎の戦いの際に、豊臣秀吉の陣中に建てたものを
移築したと言われています
※『山崎の戦い(1582)』とは、『本能寺の変』で織田信長を討った明智光秀と、豊臣秀吉との戦です。
そんな待庵は、日本最古の茶室とされ
国宝にも指定されているんですね。
ちなみに、千利休は豊臣家の茶頭(さどう)として仕え
1587年に北野天満宮で開催した、大規模な茶会
『北野大茶湯(きたのおおちゃのゆ)』において
見事に秀吉をサポートし、大成功させたと言われています
※千利休については千利休ゆかりの地巡りの記事をご覧下さい。
では続いて2問目です。
【問題】
江戸初期、野々村仁清(ののむらにんせい)が( )に窯を開き、色絵陶器(いろえとうき)を完成させた。
ア.粟田口(あわたぐち)
イ.御室(おむろ)
ウ.修学院(しゅうがくいん)
エ.八坂(やさか)
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シンキングタイム★
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では、答えですっ。
【答え】
イ.御室
野々村仁清は京都出身の焼き物師で
若くから各地で修行を重ね、1647年に御室にて窯を開き
色絵陶器を完成させたと言われています
※色絵陶器とは文様を描いた陶器を再び低温で焼き上げたものです。
それまで京都ではいわゆる『写しもの』といわれる
代々受け継がれたスタイルを継承するだけの
焼き物が主流でしたが
野々村仁清は色彩豊かな『色絵陶器』という
新しいジャンルを確立したと言われています。
ちなみに御室とは、もともと
宇多天皇(うだてんのう・第59代天皇)が
仁和寺に建てた宿坊(しゅくぼう・寝泊り出来る施設)の事を
指す言葉であり、その後、地名として定着したんですね。
※宇多天皇は出家し、仁和寺にて30年余りの間、修行を行なったと言われています。
この事から仁和寺は
別名『御室御所(おむろごしょ)』とも呼ばれたんですよ。
※仁和寺については仁和寺 その1、仁和寺 その2の記事をご覧下さい。
では3問目にいってみましょう!
【問題】
5月の満月の夜に( )で行われる五月満月(ウエサク)祭では、参列者は灯明を持って同寺の本尊 魔王尊(まおうそん)に世界の救済と平和を祈念する。
ア.清水寺
イ.鞍馬寺
ウ.常照寺
エ.赤山禅院
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シンキングタイム★
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では、答えですっ。
【答え】
イ.鞍馬寺
五月満月祭は、東南アジアを中心に
インド、スリランカ、チベット、中国、タイなど
世界各地で行なわれていている仏教の祭典です
その地域や宗派によって日が若干異なるようですが
海外では『ウェーサーカ祭』と呼ばれ
釈迦の降臨や入滅の日がインド歴第2月の第一満月の夜であった
という伝承から満月の夜に行なわれています
では、最後の問題です。
1級からの出題になりますので、選択肢ではありません。
ズバリでお答え下さい!
【問題】
江戸中期に文人画(ぶんじんが)を大成し、与謝蕪村(よさぶそん)と合作で「十便十宜(じゅうべんじゅうぎ)」(国宝)を描いた画家は誰か。
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シンキングタイム★
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では、答えですっ。
【答え】
池大雅(いけのたいが)
江戸時代の頃より、文人画や俳画が
盛んになり多くの作品が生まれました
答えにもなっている池大雅は京都生まれの文人画で
幼い頃より書を学び、萬福寺で書を披露した際は
その出来栄えに、僧たちから『神童(しんどう)』と絶賛されたそうですよ
その後、屏風画などを学んだと言われています。
問題にもある与謝蕪村と池大雅との合作
『十便十宜(じゅうべんじゅうぎ)』は
清の劇作家である李漁(りぎょ)が
別荘地での生活を綴った詩をまとめたもので
文字と画で構成された作品です
十便十宜とは
『10の便利な事』と『10の良い事(宜い事)』という意味なんですよ。
ちなみに、京都駅近くに建つ粟嶋堂(あわしまどう)の歌碑には
与謝蕪村の歌が記されています。
これは彼が、娘の病気平癒を願い参拝した際に残した句だそうです。
「粟嶋へ はだしまいりや 春の雨」
これは、与謝蕪村が参拝している最中に見かけた
百度詣りをしていた女性の姿を詠んだものだそうですよ
※与謝蕪村に関して詳しくは粟嶋堂の記事をご覧下さい。
という事で本日も4問出題させていただきました!
皆さんはいくつ正解されましたか?