こんにちは京子です

さて、本日は大正・昭和の映画スターが残した山荘をご紹介します。


その名も・・・

大河内山荘の石畳と門

大河内山荘(おおこうちさんそう)です。

場所はどちらにあるのかと言いますと嵯峨野

大きく、嵐山エリアに分類されると思います。


大河内山荘の竹林

この辺りはなんと言っても竹林が見事なんです~。

近くには滝口寺檀林寺祇王寺

少し東に行くと野宮神社がありますよ


さてその大河内山荘を建てた

大正・昭和の映画スターって誰?と言いますと


大河内山荘の大河内傳次郎(おおこうちでんじろう)写真

大河内傳次郎(おおこうちでんじろう)です。

代表作は「丹下左膳」(たんげさぜん)という時代劇で、架空の剣士、丹下左膳が主人公の物語です。


この「丹下左膳」という作品は

不朽の名作とされ

映画やドラマなど何度もリメイクされ

その都度、数々の大スターが演じられています。


ざっと書き上げると

丹波哲郎さんや、豊川悦司さん、緒形拳さん

仲代達矢さん、藤田まことさん、中村獅童さんなど

京子の知っている役者さんも

数多く丹下左膳を演じておられます


ちなみに丹下左膳は、どういう人物なのかと言いますと

右眼には大きな刀傷!

右腕も無いという片眼片腕の剣士なのです。


そして、「姓は丹下、名は左膳」という名台詞で人々を魅了しました。


当時のチャンバラ好きな子供は、みんな片目をつぶり、右腕を隠し「シェーはタンゲ、ナはシャゼン」とマネていたなんて言われています。


大河内山荘の説明板

大河内山荘は6000坪の広大なエリアに建てられています。

もちろん山の中なので、移動は全て回ると

30分はかかろうかという感じですね


大河内傳次郎がこの地に山荘を建てた理由は

藤原定家(ふじわらていか)が百人一首を

選定したのが小倉山、つまりこの地だったからというワケです。


大河内山荘の大乗閣(だいじょうかく)

こちらは大乗閣(だいじょうかく)です。

大河内傳次郎は仕事で稼いだお金の多くをこの山荘に注ぎ大河内山荘は30年もの月日をかけて作られたと言われています。


大河内山荘の持仏堂(じぶつどう)

持仏堂(じぶつどう)

ここで大河内傳次郎は坐禅を行っていたそうです。

山荘の中でも、最初に出来た建物だと説明していましたよ。


大河内山荘の山荘から見下ろす景色

山荘から見下ろす景色は最高ですね!

写真の中心に見えるのは仁和寺ですよ~


その左には衣笠

一番奥には比叡山が広がっています。


大河内山荘の滴水庵(てきすいあん)

こちらは滴水庵(てきすいあん)

茶室になります~

登録有形文化財に指定されています。


大河内山荘の連絡通路

それぞれの建物までの距離はわりと長く、とても良い運動になりますよ!


そして、いよいよ見えてきたのは

大河内山荘の大河内傳次郎資料館

大河内傳次郎資料館


大河内山荘のパネルが壁一面に

中には、いくつものパネルが壁一面にかかっています。

白黒写真やイラストを中心に、彼の生涯を振り返りながら

紹介されています。


34歳、昭和6年にこの山荘の製作に着手した大河内傳次郎は

庭師や数寄屋師(すきやし)の協力の下

64歳で逝去するまで広大な山荘作りに情熱を注いだようです。

※彼は当時の俳優の中でも、とても高額の出演料で有名だったそうですよ~。


大河内山荘のお茶を頂く

こちらでお茶を頂く事が出来ます。

6000坪もの山荘の中を歩き疲れた京子は

ここでひと休み~


大河内山荘のお抹茶とモナカ

お抹茶とモナカを頂きました。

ごちそうさまでしたっ


美味しい空気を吸いながら

比叡山と京都の町並みを見下ろせる

素敵な山荘である大河内山荘の場所はコチラ↓


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