メモ2016-01-19
テーマ:その他
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京都の伝説 その8

今回ご紹介するのは

京都に古くからある伝説を

いくつかご紹介したいと思います!


京都は、『魔界』と
表現する人がいるくらい
数々の伝説が各地に伝わっている
場所でもあるんですね


そしてそういった伝説は、うわさ話程度で終わらずに

能や狂言に取り入れられたりするものもあります


あなたの知らない京都が

まだまだあると思いますよ~


それでは早速、ご紹介していきましょう


円隆寺の放れ駒(えんりゅうじのはなれごま)


円隆寺(えんりゅうじ)


円隆寺は、京都府舞鶴市にある

真言宗御室派の寺院です。


その円隆寺の本堂に安置される

ご本尊の後ろの羽目板には

平安時代の宮中の画家

巨勢金岡(こせのかなおか)が描いたとされる

『放れ駒』の絵があったそうなんですけれど

この絵には、ある変わったお話が

伝わっているんですね


その変わったお話とは、なんと
この絵の馬が夜になると抜け出して
あたりの田畑を荒らし回ったというんです


そこでこの馬の絵の額に綱を描いて

繋ぎ駒にしたところ

田畑を荒らし回る馬は出なくなったんだとか・・・


なんとも不思議なお話ですよね


■賀茂社の賀茂伝説(かもしゃのかもでんせつ)


上賀茂神社


賀茂社とは、上賀茂神社(かみがもじんじゃ)と

下鴨神社(しもがもじんじゃ)の事です


ある日、賀茂建角身命

(かもたけつぬみのみこと)の娘である

玉依姫命(たまよりひめのみこと)が

瀬見の小川(せみのおがわ)で遊んでいたところ

川上から1本の丹塗矢が流れてきたそうです


その矢を玉依姫命は持ち帰り
寝床の近くに置いておいたら
あら不思議!なんと玉依姫命は懐妊して
男児を授かったというんですね~


この男児こそが上賀茂神社のご祭神である

賀茂別雷神(かもわけいかずちのかみ)です


矢取神事

矢取神事


毎年立秋の前日に下鴨神社で行われる
『矢取神事(やとりしんじ)』は
賀茂伝説にちなんで行われている神事で
矢に見立てられた斎串(いくし)を
裸男(はだかおとこ)と呼ばれる男達が
境内の『みたらし池』で
取り合うというものなんですね

※矢取神事について詳しくは、夏越神事 2012(下鴨神社)の記事をご覧下さい。


禅定寺の古老柿(ぜんじょうじのころがき:孤娘柿)


禅定寺の境内


禅定寺のある宇治田原には

渋柿を乾燥させた干し柿の

古老柿(孤娘柿)という名産があります


この古老柿には、ある伝承が伝わっています


この地には昔から

『鶴の子柿(つるのこがき)』という

柿があったんですけれど

これが大変な渋柿で

食べる事が出来なかったそうです


そんなある年の飢饉の際に
食物が無くなり困り果てた村人達が
鶴の子柿をどうにか食べる事が出来ないかと
思案していたところ
見た事も無い1人の娘が現れたんですね


その娘は、各地で白い粉を帯びた

甘い干し柿を売り歩き

その際に甘い干し柿の作り方を

村人達に教えて、去っていったそうです


村人は、立ち去った娘の後を
追ったんですけれど
禅定寺の裏山にある大きな岩の側で
突然、姿が消えたかと思ったら次の瞬間
なんと観音様が姿を
現したというんですね~


それ以来、この甘い干し柿の事を

1人の娘の柿という事で

『狐娘柿(ころうがき)』

呼ぶようになったんだそうです


禅定寺では、あの時の娘が

観音様の化身であったとして

1991年(平成3年)に禅定寺裏山に

『おとめ観音』を建てたそうですよ


善想寺の泥足地蔵(ぜんそうじのどろあしじぞう)


善想寺


善想寺には、泥足地蔵(どろあしじぞう)と呼ばれる

珍しいお地蔵さんが安置されています


どうして泥足地蔵なんて

ユニークな名前が付いているのかと言いますと・・・


このお地蔵さんが京都に安置される前

滋賀県の坂本にあった頃の

エピソードに由来しています


ある時、日照りが長く続き

坂本村の村人は田植えが出来ずに困っていたそうです。


そこで作兵衛という農民が
日頃から信仰しているお地蔵さんに
「雨を降らせてくだせい!!」と
3日3晩雨乞いの祈願をしたところ
お地蔵さんが願いを聞き入れてくれたのか
祈願し始めてから3日後
とうとう雨が降ったそうなんですね


待ち望んだ雨に喜んだ他の農民達は

急いで田植えをしたんですけれど・・・


肝心の作兵衛は急な腹痛によって

田植えが出来ずにいたそうです


そんな作兵衛に代わって

村人達が田植えをしてやろうと

作兵衛の田んぼに行ってみると

不思議な事に田植えが既に

終わった状態だったんですね~


その後、お地蔵さんにお参りをしに行くと
なんとビックリ!!
お地蔵さんの腰のあたりから
足元まで泥がベッタリと
ついているではありませんか


泥足地蔵

泥足地蔵


作兵衛は、きっと自分の代わりに

このお地蔵さんが田植えをしてくれたに

違いないと思ったそうで

この話が村人達にも伝わり

いつしか泥足地蔵と呼ばれるようになったと

言われているんですね


この他にも不思議なエピソードが

善想寺のお地蔵さんにはいくつもあるので

ご興味のある方は、善想寺の記事を見て下さいね♪


という事で、今回は

京都に古くからある伝説を

ご紹介させていただきました