メモ2016-01-13
テーマ:その他
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京都の伝説 その7

今回ご紹介するのは

京都に古くからある伝説を

いくつかご紹介したいと思います!


京都は、『魔界』と
表現する人がいるくらい
数々の伝説が各地に伝わっている
場所でもあるんですね


そしてそういった伝説は、うわさ話程度で終わらずに

能や狂言に取り入れられたりするものもあります


あなたの知らない京都が

まだまだあると思いますよ~


それでは早速、ご紹介していきましょう


宴の松原(えんのまつばら)


宴の松原


場所:京都市上京区出水通千本西入ル付近


宴の松原は、かつて平安京があった頃
皇居や官庁のあった大内裏(だいだいり)の
武徳殿(ぶとくてん)の東側
豊楽院(ぶらくいん)の北側に
位置する場所にあった松林の事なんですね。


宴会が行われる場所だったという説や

内裏を建て替えるための代替地であった等

諸説あるみたいなんですけれど

何のために作られたのか

実際のところわかっていません


けれど、そんな宴の松原では

ある怖~いエピソードが伝わっているんですね!


平安時代初期の887年(仁和3年)8月17日

月明かりのあった夜

宴の松原を若く美しい女性3人が

仲良く東に歩いていたそうです


すると、松の木の下から

容姿端麗な1人の男性が現れました


その男性は、3人の女性のうち

1人の手を引いて木の木陰へと誘い込んだんですね


残された2人の女性は

すぐに戻ってくるだろうと思って

待っていたそうなんですけれど

女性は待てど暮らせど戻ってきませんでした


ついに不審に思った2人は

誘い込まれた木陰を見に行くと・・・


なんと!女性の手足だけが
その場に落ちていたそうです


その後、警護の人間も現場に見にいくと

やはり手足は残っていたんですが

それ以外はどこを探しても

見つからなかったんですね


この話を聞いた誰もが

「これは人間に化けた鬼が
女性を食べたに違いない!」

と思ったそうですよ。


子安観世音(こやすかんぜのん)


子安観世音


場所:京都市左京区北白川西町


左京区の百万遍(ひゃくまんべん)と呼ばれる交差点を

ちょっと東に入った今出川通(いまでがわどおり)と

志賀越道(しがごえみち)の交差点に

江戸時代から安置されてる子安観世音という

大きな石仏があります


安土桃山時代のある時、この子安観世音

夜な夜な動き出すといった噂が立ったんですね


その噂を聞いた、天下人
豊臣秀吉(とよとみひでよし)は
自分の屋敷『聚楽第(じゅらくだい)』に
運び込んで様子を見る事にしたそうです!


するとその日から

夜な夜な泣き声が聞こえてくるじゃありませんか


秀吉が泣き声のする所に行ってみると
子安観世音
「白川の地に帰りた~い!」と
泣いていたというんですね~。


それで秀吉は仕方がないので

もとの場所に戻したといわれ

この話から子安観世音

『太閤の石仏』『太閤地蔵』とも

呼ばれているんですよ~


歯形地蔵


歯形地蔵


場所:京都市北区千本通鞍馬口上ル


こちらのお地蔵さんは

京都市北区の千本鞍馬口

(せんぼんくらまぐち)にあり

もともとは、逆さ川地蔵

(さかさがわじぞう)と呼ばれていたそうです


鞍馬口通りに、まだ川があった頃

近くに若い夫婦が住んでいました。


妻は、働き者で真面目な良い夫なので
他の女性にとられるかもしれないと
毎日浮気の心配をしていたというんですね。


心配性な妻は、ある日

夕方から雨が降って来たので

夫を心配して傘を持って迎えに行ったそうです


すると・・・なんと!向こうから夫が

美しい女性と相合傘で歩いてくるじゃありませんか


その姿を見た妻は逆上し
夫に掴みかかるんですね~


夫は妻の姿に驚き、とっさに

橋のたもとに安置されていた

お地蔵さんの陰に隠れました!


そして次の瞬間、妻が
「ガブリっ!!」
と・・・夫に噛み付くつもりが
お地蔵さんに
噛み付いてしまったんですね~


しかも、噛み付いた歯が

お地蔵さんの肩に食い込んで離れません


結局、妻はそのまま亡くなってしまうんですけれど

これ以降、このお地蔵さんの事を

歯形地蔵と呼ぶようになったそうですよ


今でもお地蔵さんの左肩には

うっすらと歯型のような跡が残っているそうです


源融 河原院跡(みなもとのとおるかわらいんあと)


六条河原院跡


場所:京都市下京区木屋町通下ル


源融(みなもとのとおる)というのは

嵯峨天皇(さがてんのう・第52代天皇)の皇子で

源氏物語(げんじものがたり)の主人公である

『光源氏(ひかるげんじ)』のモデルとも

いわれている人物です


そんな彼が隠棲地として営んだ六条河原院は
源融が亡くなってから
宇多上皇(うだじょうこう・第59代)の
御所(仙洞御所)となって
東六条院とも呼ばれていました。


今昔物語集(こんじゃくものがたりしゅう)には

宇多上皇(うだじょうこう・第59代)が

河原院にいるときに、源融が現れたらしく

「ここは私の家です!」と言ったんだそうです


しかし宇多上皇は

「あなたの息子に譲ってもらったんだ。」

と言うと、そのままスゥーっと消えたというんですね。


また江談抄(ごうだんしょう・説話集)には

「宇多上皇の京極御息所を欲しい!」

等と言った話が書かれていたりします


この他にも源融が霊となって現れたという話は

いくつか残っているんですね


近年では、あまりこういった話は聞かれませんけれど

もしかすると、今でも不思議な事が起こるかも知れません。


ご興味ある方は是非1度訪れてみてはいかがでしょうか


という事で、今回は

京都に古くからある伝説を

ご紹介させていただきました