メモ2015-09-03
テーマ:その他
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京都の伝説 その1

今回ご紹介するのは

京都に古くからある伝説を

いくつかご紹介したいと思います


京都は、『魔界』と
表現する人がいるくらい
数々の伝説が各地に伝わっている
場所でもあるんですね


そしてそういった伝説は

うわさ話程度で終わらずに

能や狂言に取り入れられたりするものもあります。


あなたの知らない京都が

まだまだあると思いますよ~


それでは早速、ご紹介していきましょう


■革堂の幽霊絵馬(こうどうのゆうれいえま)


革堂の幽霊絵馬(こうどうのゆうれいえま)


場所:京都市中京区寺町通竹屋町上る行願寺門前町17


革堂には、幽霊絵馬と呼ばれる

通常非公開になっている絵馬があります


その絵馬に描かれているのは

『お文(おふみ)』という女性で

彼女は、革堂近くにあった

質屋さんに住み込みで働いていたんですね。


質屋の子の子守もしていた彼女は
革堂から聞こえてきた
御詠歌(仏教音楽の一種)を子守唄代わりに
唄い聞かせていたそうです


毎日の事ですから

当然、子供は御詠歌を覚えていました


けれど熱心な法華信者であった

質屋の主人が、これに激怒して


「法華信者にとって天台宗のお寺に行く事は
許しがたい事である!
しかも御詠歌まで口ずさむとは・・・」


と、その原因を作った彼女を

折檻(せっかん)の末、殺してしまうんですね


主人は、彼女を土に埋めた上で

お文の両親に

「娘は男と家を出て行ってしまったぞ!」

と嘘をつきました


急いで、やって来た両親は、主人に謝るんですけれど

なんと!その時、彼女の霊が両親の前に現れて

事の次第を両親に語り出すんですね。


「私は、ご主人に殺され
庭に埋められています・・・どうか・・
鏡も・・一緒に埋めて下さい」


これにより質屋の主人の悪行が見つかって

主人は捕らえられたそうです


その後、両親は娘を不憫に思い
供養の為に彼女の子守姿を絵馬に描かせて
手鏡を添え、革堂に奉納したんですね。


これが『幽霊絵馬』といわれる

ゆえんと伝わっています

※詳しくは、革堂(行願寺)の記事をご覧下さい。


相国寺の宗旦狐(しょうこくじのそうたんぎつね)


相国寺の宗旦稲荷


場所:京都市上京区今出川通烏丸東入上る相国寺門前町701


相国寺には、昔、古狐が住んでいたそうで
その狐は夜寒の頃になると
茶人である千利休(せんのりきゅう)の
孫にあたる『千宗旦(せんのそうたん)』に
化け、夜ごと近所の茶人の家へ行き茶を飲み
菓子を食い荒らして帰って行ったそうです。


そんな事が度々あってか

近所の人は宗旦に化けた狐を

『宗旦狐』と名付け

化かされて遊んだというんですね


報恩寺の撞かずの鐘(ほうおんじのつかずのかね)


報恩寺の撞かずの鐘(つかずのかね)


場所:京都市上京区小川町寺之内下射場579


その昔、報恩寺では朝と夕方に

鐘を撞いていたそうで

織屋(おりや・織物を生業とする店)では

朝の鐘で仕事を始めて

夕方の鐘で仕事を終えていました


織屋には、日頃から仲の悪い
住み込みで働いていた
男の子(丁稚・でっち)と
女の子(織女・おりめ)がいたそうです。


ある時、この2人が

夕方に撞く鐘の音の数を賭けて

勝負をしたんですね


女の子は『9つ』
男の子は『8つ』と言いました。


正解は9つなんですけど

なんと丁稚の男の子が悪知恵を働かせ

報恩寺の寺男(てらおとこ・寺で雑用をする男性)に

その日だけは撞く鐘の数を

8つにしてもらうようにお願いしたんですね


その後、約束通り8回しか

鐘が撞かれる事はなく丁稚が勝負に勝ちました


けれど予想が外れた女の子は
男の子に罵倒され、悔しさのあまり
報恩寺の鐘楼に帯をかけて
首を吊って死んでしまったというんですね


それ以降、鐘を撞くと

彼女の怨念によって、不吉な事が起こるようになり

報恩寺では、朝夕の鐘は

撞かなくなってしまったそうです

※詳しくは、除夜の鐘 2012(報恩寺)の記事をご覧下さい。


■六角堂のへそ石(ろっかくどうのへそいし)


六角堂のへそ石


場所:京都市 中京区六角町東洞院西入堂之前248


六角堂の境内には

京都の中心を表しているとも

いわれている『へそ石』があります


その昔、桓武天皇(かんむてんのう:第50代天皇)が

平安京に都を遷(うつ)す際に

六角堂が道路の真ん中にあったので

天皇の勅使(ちょくし)が六角堂に

他の場所に移る様、祈願したんですね


すると、にわかに黒雲がたれこめて
お堂がすっぽりとつつまれ
やがて、晴れてみるとなんと
お堂が5丈程(約15メートル)
北に移動していたというんですね~


けれどその時に移動せずに

取り残されたものが

このへそ石であると伝わっているんですよ

※詳しくは、六角堂(へそ石餅)の記事をご覧下さい。


という事で、今回は

京都に古くからある伝説を

ご紹介させていただきました!


他にもどんどんご紹介していく予定ですので

楽しみにしていて下さいね~♪