こんにちは京子です。
今回ご紹介するのは
10月7日に粟田神社で行われた・・・
1000年の歴史を持つ祭で
室町時代、祇園祭が中断されていた頃は
京の人々にとって
粟田祭が、その代わりの存在となる程だったそうです
そんな粟田祭は
数日間かけて行われる祭で
10月6日『出御祭(おいでまつり)』に始まり
10月7日『夜渡り神事』
10月8日『神幸祭・還幸祭』
そして最後に
10月15日の例大祭を含めて粟田祭なんですね
初日の出御祭では
境内にて『石見神楽』が披露され
その後、神輿に御霊が移されます
という事で今回は
10月7日に行われた『夜渡り神事』について詳しくレポートしたいと思います!
夜渡り神事では、阿古陀鉾、地蔵鉾と呼ばれる2本の剣鉾を中心に
ねぶた祭の起源・源流とも言われている
粟田大燈呂(あわただいとうろ)や神輿が
氏子町を練り歩きます。
巡行の途中には
『れいけん』と呼ばれる神仏習合の祭事も行われるんですよ
17時半頃、粟田神社からお迎え行列が出発し
剣鉾が境内に迎えられます。
その後、神事が行われ、18時半より
先祓い(巡行の道を祓い清める役目)の松明(たいまつ)を先頭に
高張提灯(たかばりちょうちん)が続き
『阿古陀鉾(瓜鉾)』や『地蔵鉾』などの剣鉾が続きます
こうして一行は、知恩院前まで移動します。
そして境内には入らず、知恩院の向かいにある
瓜生石前の祭壇に集合します。
こちらが『瓜生石』です。写真は以前に撮影したものですよ
ちなみに、瓜生石で行われる祭事は
ある故事が起源となっています
今から約400年前
この石に御金札(みかねふだ・金に輝くお札)が
貼り付けられていたそうです。
その札には『感神院新宮(かんじんいんしんぐう・粟田神社の旧社名)』と
書かれていた事から
粟田神社の神様(牛頭天王・ごずてんのう)が
ご降臨されたと、この地で伝えられたそうです。
この事から
神輿に乗った神様を
一度、この瓜生石に移し
神仏習合の祭事が行われます。
粟田神社の神職さんが呼び込む形で
知恩院の黒門が開き、お坊さんが出て来ます。
祭壇前に着席するお坊さんと神職さんです。
2本の剣鉾は祭壇の左右に置かれます。
祭壇の後ろにある瓜生石です。ちょうど木に隠れています。ちなみに、瓜生石には様々な伝承があるので、詳しくは知恩院 その1の記事をご覧下さい。
まずは、お祓いや宮司一拝などがあり
次に、瓜生石に神輿の御霊を移します
そして、お坊さんによる法要が行われ
お経が読まれます。
その後、宮司による
祝詞奏上が行われます
粟田大燈呂はこの時、3基が神事が行われている後ろに、残りは知恩院の階段の前に鎮座しています。
一通りの神事や法要が済むと
神職の方々を先頭に
お坊さん、剣鉾保存会・子供神輿の各代表者や
神輿の担ぎ手による鳴閂(なりかん)も加わり
皆さんで瓜生石の回りを3周(三匝の儀・さんそうのぎ)します
手に持っているのが鳴閂です。鳴閂は神輿を担ぐ木(轅・ながえ)の前後先端に取り付けられる装飾品で、担ぐとカシャンカシャンと鳴るんですよ。
こうして『れいけん』が終了すると
知恩院のお坊さんは黒門に戻られます。
※れいけんとは、『霊験』の事を指していると言われています。牛頭天皇が降臨した事を意味するんですね。
そして、隊列を整え松明を先頭に
神輿や粟田大燈呂、剣鉾は
この後、氏子町を巡行し、22時過ぎに粟田神社へと帰っていくそうですよ