こんにちは京子です
さて、本日ご紹介する神社は・・・
大原野神社(おおはらのじんじゃ)です
さて、この大原野という場所はどんな所なのかと言いますと
桓武天皇が都を奈良から、784年に長岡京に遷都された際に
鷹狩りを度々行っていた場所なんですね。
鷹狩とは鷹を使った鳥類や兎などの小動物を捕らえさせる狩猟の一種で
平安時代の天皇はもちろんの事
戦国時代には織田信長や徳川家康も好んで鷹狩りをしていました。
ちなみに、武家政権において鷹狩りは、領地の様子や敵地の情勢などを調査する役割が担われていたそうですよ。
さて、お話を戻しまして
平安時代、桓武天皇の奥さんである藤原乙牟漏(ふじわらおとむろ)が、藤原氏の氏社である春日大社を、この大原の地に勧請したのが始まりなんですね
この事から、大原野神社は別名「京春日」とも言われています。
その後、薬子の変(くすこのへん)で活躍した
藤原冬嗣が、社殿を建てたいという願望を
彼の孫にあたる文徳天皇が実現する形で、850年に社殿を造園したと伝わっています。
さて、京子は
一の鳥居をくぐり、石畳を上がります
ちなみに、この大原野神社は紅葉の名所としても有名なんですよね!
この辺りの参道もモミジで赤く染まるんでしょうね~。
こちらは、二の鳥居です。
長い参道は沢山の木々が生い茂っています!
ちなみにこの辺りに近い神社仏閣はというと勝持寺や正法寺。
車があれば、もう少し離れた善峯寺や十輪寺なんかへも一緒に行く事をお勧めします♪
さて、参道の途中にありますのは
瀬和井(せわい)です
この柵の中の池は
清和天皇、産湯の清水と伝えられていますよ~。
藤原氏の勢力が強かった時代はこちらの神社へ
貴族や皇族の参拝が盛んに行われていました。
藤原氏に女の子が生まれれば
その子が皇后や中宮になれるように大原野神社に参拝する慣わしがあったそうですよ♪
※この事から、大原野神社は良縁のご利益があると言われています。
鯉沢の池(こいさわのいけ)です。奈良にある猿沢池を模して作られたという事です。
こちらは三の鳥居になります。緑が綺麗ですね~!
歌碑が2つあります。藤原氏の末裔である富小路禎子と昭和の歌人である植松壽樹のものです。
そんな中、良い結婚が出来るようにと
後の清和天皇の奥さんになる藤原高子(ふじわらのたかいこ)も参拝したんですね。
その時、一緒にお供したのが・・・
彼女の元カレであり、平安貴族の中で「絶世の美男子」と呼ばれていた在原業平(ありわらのなりひら)でした。
在原業平はその際に
「大原や小塩の山もけふこそは 神代のことも思い出づらめ」という和歌を綴りました。
※小塩というのは、小塩山の事で、大原野神社はこの山の麓にあります。
ちなみに、どんな意味かと言いますと・・・
「大原や小塩山にいる藤原氏の氏神様(春日大社)は
アナタ(藤原高子)が参拝した事で
昔の事を思い出してくれる事でしょう。」
という意味だそうですよ。
( ´Д`)うーん切ない・・・。
この時のエピソードは十輪寺の記事をお読み下さい♪
さて、三の鳥居を潜ると
手水舎には鹿がいます!
こちらにも、鹿がっ。
そうなんです
鹿は春日大社の神使である事から、この大原野神社にも
鹿の像が置かれているんです。
こちらが拝殿になります。
奥には本殿があり、春日大社と同じく4棟が並べられているとの事です。
広大な場所に存在する大原野神社は
神域と呼ばれるエリア、83000㎡のうち
なんと、66000㎡が森林に覆われているんですよ
そんな素敵な森林に囲まれた大原野神社の場所はコチラ↓
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