メモ2015-04-30
テーマ:お寺

本教寺

今回ご紹介するのは

京都市伏見区にある


本教寺(ほんきょうじ)


本教寺(ほんきょうじ)です!


本教寺は

伏見で最も有名な商店街である

大手筋商店街(おおてすじしょうてんがい)の

中にあるんですよ~


ちなみに大手筋商店街のある大手筋通は
天下人・豊臣秀吉(とよとみひでよし)が
築城した伏見城大手門に通じる事から
その名がついたそうですよ


そんな場所にある本教寺は

日蓮宗本法寺派のお寺で

山号を福昌山といい

1594年(文禄3年)に日受(にちじゅ)が

伏見城の大手門近くに創建したのが始まりといわれています。


こま札


その後、1614年(慶長19年)に
江戸幕府初代征夷大将軍である
徳川家康(とくがわいえやす)の次女
良正院(りょうせいいん)督姫(とくひめ)の
帰依を受けて彼女の屋敷があった現在地に
移転したんだそうです


督姫が池田輝政(いけだてるまさ・武将)に嫁いだ後

屋敷跡を日受に寄進したといわれています

※池田輝政は現在の姫路城の形となる大部分を築城した事でも知られていますよね。機会があれば池田輝政についても詳しくご紹介します♪


それでは早速、中に入っていきましょう


山門


山門を抜けると目の前に本堂があります。


本堂


こちらの本堂は
藤原家を祖とし関白を出す家柄として有名な
近衛家(このえけ)の堀川御殿を
1729年(享保14年)に移築したものと
いわれています


本教寺と書かれた額


中にはご本尊の

十界大曼荼羅(じっかいおおまんだら)があるそうですよ~


そして山門を入って右手には

開運堂(妙見堂)がありました。


開運堂(妙見堂)


こちらの開運堂は
洛陽十二支妙見めぐりの7番目に数えられ
池田家伝来の守護神である
北辰妙見尊(ほくしんみょうけんそん)が
お祀りされています!


もともと池田輝政の屋敷にあったものだったそうですけれど

輝政と督姫の遺言によって本教寺へ寄進されたみたいです。


また妙見尊がお祀りされている事から

本教寺は通称『伏見大手筋の妙見さん』とも

呼ばれ親しまれています


ちなみに洛陽十二支妙見めぐりとは
江戸時代、開運や厄除けを願う人々が
御所の紫宸殿(ししんでん)を中心に
十二支の方角にお祀りされた妙見宮を巡り
祈願して回ったというもので
近年、『洛陽十二支妙見会』が
再興させたそうです。


洛陽十二支妙見は以下の通りです。

【子】西陣の妙見宮(善行院(ぜんこういん))

【丑】本満寺の妙見宮(本満寺(ほんまんじ))

【寅】修学院の妙見さん(道入寺(どうにゅうじ))

【卯】鹿ヶ谷の妙見さん(霊鑑寺(れいかんじ))

【辰】岡崎の妙見さん(満願寺(まんがんじ))

【巳】清水の鎮宅妙見宮(日體寺(にったいじ))

【午】伏見大手筋の妙見さん(本教寺)

【未】未の方の妙見さん(法華寺(ほっけじ))

【申】島原の妙見さん(慈雲寺(じうんじ))

【酉】小倉山の妙見宮(常寂光寺(じょうじゃっこうじ))

【戌】鳴滝の妙見宮(三宝寺(さんぽうじ))

【亥】鷹ヶ峰の岩戸妙見宮(円成寺(えんじょうじ))


こちらは開運堂の隣にある


秋山白雲霊神の祠


秋山白雲霊神をお祀りする祠です。


秋山白雲霊神は『痔の神様』として知られ

痔病平癒のご利益があると信仰されています


痔にご利益があるなんて珍しいですよね


現在進行形の方はもちろんですけれど

そうでない人も

いつなんどき痔になるかは誰にもわからないので

ご利益を頂いて下さいね~


そして秋山白雲霊神の横には


梵鐘


梵鐘がありました。


こちらの梵鐘をよく見ると・・・


穴の空いた梵鐘


穴が4つ穿かれていますよね。


お寺で稀に見る事があると思うんですけれど

一体、何の穴かわかりますか


これはおそらく先の大戦の際に

金属資源が不足した事から政府によって回収され

軍事工場で検査された時に付いた跡なんだと思います。

西園寺稱名寺でも同様の穴の空いた梵鐘があります。


今回、本教寺を訪れた時

境内はちょうどツツジが綺麗に咲き

身頃だったんですけれど・・・


実は!本教寺は牡丹が有名なんだそうです


何でも督姫が豊臣秀吉から送られた

牡丹が境内に植えられているんですね~!


その事から本教寺は

『慶長牡丹の寺』とも呼ばれているそうです♪


そんな本教寺の場所はコチラ↓