メモ2010-09-24
テーマ:お寺

常寂光寺

こんにちは、京子ですっ。


さて、連日お届けしている京都嵯峨野シリーズ

今回も、紅葉シーズンに向けてオススメのお寺をご紹介したいと思います。


嵯峨野を一望できる最高のロケーションが魅力の

常寂光寺の山門

常寂光寺(じょうじゃっこうじ)

この黒塗りの山門がとっても渋いお寺


常寂光寺の始まりは

以前ご紹介した戦国期の京都の豪商である

角倉了以(すみのくらりょうい)が小倉山の土地を寄付し

日禎(にっしん)というお坊さんにより

開基されたのが始まりとされています。


という事で、山の中ほどに位置する

常寂光寺に行ってまいりました~


ちなみにー!

この常寂光寺というお名前っ。

どこから来ているのというと

常寂光寺のこま札

【寂光土(じゃっこうど)】

永遠で絶対の浄土のこと。天台宗や日蓮宗で立てる浄土の一つ。


つまり!

その寂光土が常に体験出来るお寺というなんですね

ではそのまるで浄土のような景色に足を踏み入れようかと思います。


常寂光寺の石碑

突然ですが、ここで京子クイズ


前回お話しました小倉百人一首の小倉は、この小倉山から取られていて

その他にも、もうひとつ

小倉の名前が付いたもので、みなさんも知ってる超有名なものがあるんですよーー


さて、何でしょう!?


ヒントは・・・


食べ物です~っ。


そうです、小倉餡(おぐらあん)なんです。

小倉あんぱんの小倉餡だったんですね。


809年に空海が唐から持ち帰った小豆の種子を栽培し小豆と砂糖から作られた餡が作られたのは、820年!!!最初に作ったのは、この小倉の菓子職人さんだったのですね。


常寂光寺の参道

山門をくぐり真っ直ぐに綺麗な一本道が続いています。

そして、そして次に見えてきたのは・・・

常寂光寺の仁王門

仁王門っ。


ちなみにこの、仁王門も含め常寂光寺

多数の時代劇のロケが行われていたりするんですね。


映画村からも比較的近いので嵯峨野は紅葉の名所でもあり

時代劇撮影の名所でもある事が伺えますっ


常寂光寺の本堂

そして、こちらが本堂~っ。

ここで丁度半分くらいですかね??


戦国武将である小早川秀秋(こばやかわひであき)の協力によって、桃山城客殿を移築したそうです。

小早川秀秋といえば!

関ヶ原の戦いで西軍を裏切って東軍に寝返った武将としても有名ですよね~


常寂光寺の鐘楼

鐘楼。鐘は第二次世界大戦で徴資され、これはそれ以後に新調されたものです。


常寂光寺の常寂光寺妙見大菩薩縁起

こちらは、本堂左手にある常寂光寺妙見大菩薩縁起(みょうけんだいぼさつえんぎ)です。


ところで

常寂光寺を開基した日禎(にっしん)というお坊さん。彼は日蓮宗「不受不施派(ふじゅふせは)」としても有名なんですね。


常寂光寺の開山堂

日禎(にっしん)上人を祀る開山堂。


不受不施派

それって何なの?というお話ですけれど

すなわち、

日蓮宗不受不施派以外の宗派や僧侶には施しをせず、また施しを受けないという団体です。

つまり繋がりを持とうとしない、極端に解釈すると

仏教の過激派といったところです!


戦いというのは武将同士だけが争っていただけではなく

宗教同士の争いも、もちろん行われていて

日蓮宗は山科本願寺を焼き討ちにしたんですね。


山科の本願寺は燃やされたので、今度は簡単に燃やされ以後、難攻不落の場所に作ったのが石山本願寺なのです。現在の大阪城の場所です。


話は戻りまして

その後も日蓮宗は勢いに乗って延暦寺に攻撃をしかけます。

それが有名な「天文法華の乱」


しかし、とっても強い延暦寺


逆に、日蓮宗の21の寺院に対して末寺となるように迫り結果的に近江の大名・六角定頼の援軍を得てなんと延暦寺は約6万の衆徒で襲い掛かり京都洛中洛外の日蓮宗の21の寺院はことごとく焼き払われたのです(泣)


それ以後も地下で根強く生き延びた日蓮宗不受不施派でしたけれど

キリスト教と共に徳川幕府禁制となったんですね。


危険思想だと看做された結果なのですね。。


さて、それでは~

常寂光寺の境内

いよいよ上まで登りきると見えてくるのが・・・

常寂光寺の多宝塔

重要文化財である多宝塔っ

紅葉シーズンではこの辺り全て一面真っ赤に染まるんです!


常寂光寺の謌僊祠

こちらは百人一首を作った藤原定家(ふじわらていか)の木造が安置されている謌僊祠(かせんし)


是非、今年の紅葉シーズンは京都へお越しくださいっ。

そんな常寂光寺の場所はコチラ↓


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