2015-10-07 | |
テーマ:カフェ・スイーツ |
するがや祇園下里(祇園豆平糖)
今回ご紹介するのは
京都市東山区の祗園(ぎおん)にある
するがや祇園下里(するがやぎおんしもさと)の
祇園豆平糖(ぎおんまめへいとう)です!
するがや祇園下里は
江戸時代の1818年(文政元年)に
煉羊羹(ねりようかん)発祥の店として知られる
総本家駿河屋から暖簾分けして創業された
約200年続く京都の老舗和菓子店なんですね~
するがや祇園下里(するがやぎおんしもさと)
ちなみに総本家駿河屋は初代
岡本善衛門が1461年(寛政2年)に
山城国伏見九郷の里舟戸の庄
(現在の京都市伏見区)で
『鶴屋』という名の饅頭処として
スタートしたお店です
するがや祇園下里の暖簾
そんな駿河屋から暖簾分けをして
初代下里治助が京都のこの地に
『祇園駿河屋』という名で創業を
開始したんですね~
初代下里治助は、本家から伝授された
煉羊羹や生菓子を中心に
商いをしていたそうですけれど
2代目下里治助が1894年(明治27年)に
八坂神社(やさかじんじゃ)で売られていた
黒い飴の中に豆が入った
『かんかん糖』にヒントを得て
『祇園豆平糖』を考案し
この時から飴菓子も販売するようになったそうです
祇園豆平糖の箱
そしてこの頃、祇園駿河屋から
『するがや祇園下里』という
現在の名称に改称されたみたいです
祗園にある、するがや祇園下里の建物は
約100年前の1895年(明治28年)に建てられたもので
もともとはお茶屋さんとして
利用されていたものなんですね
するがや祇園下里の建物
2階には、間口いっぱいに開かれた窓に
張り出された手すり
そして軒下から暖簾を吊るすという
当時の面影をそのまま残しています。
そんな風情たっぷりの建物は
平成5年に京都市の有形文化財に
登録されたんですよ~
京都市有形文化財に登録されている下里家住宅
お店の屋根にある屋根看板には
豆平糖と大きく書かれていました
豆平糖と書かれた屋根看板
こちらがその豆平糖なんですけれど
見た目がとってもユニークで
え?コレ何??
と思った方!いるんじゃないでしょうか?
棒状の飴「祇園豆平糖」
祇園豆平糖は
丹波産の上質な大豆を丁寧に炒って
その炒り大豆を炭火で煮込んだ
秘伝の蜜と混ぜ合わせ
そして、ござの上で棒状に引き延ばした
琥珀色(こはくいろ)の飴なんですね♪
材料は、砂糖と水飴と大豆という
とってもシンプルで安心です
実際に祇園豆平糖を食べてみると・・・
ほんのり甘く
どこか懐かしい素朴な味がして
とっても美味しいんです
飴を舐めていき、大豆が顔を出したら
その大豆を一気に噛み砕きます!
すると口の中には
とっても香ばしい香りが広がるんですね
ちなみに棒状のまま
手にとって食べてもいいんですけれど
袋に入った状態の飴を何かで砕いて
口に入る程度の大きさにしてから
食べるのもいいですよ~♪
するがや祇園下里のお店の中の様子
祇園豆平糖は、お店のある場所が
祇園の花街という事もあって
舞妓さんや芸妓さん
そして南座に出演する役者さんに
ご好評なんだそうです
そんな京都の名物菓子である
祇園豆平糖を作っている
するがや祇園下里の場所はコチラ↓
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