2010-04-14 | |
テーマ:お寺 |
関連:法然院の紅葉 / |
法然院
今回ご紹介するのは
京都市左京区(さきょうく)の
鹿ヶ谷(ししがたに)にあります
法然院(ほうねんいん)です。
春と秋の年に2回、特別公開してるんですね~
静寂に包まれた、とても雰囲気のいいお寺です。
この参道を登っていった先に・・・
見事な茅葺屋根(かやぶきやね)の山門があります。
苔がこんなにも生えているんです
さっそく、山門を通って中に入っていきましょう♪
ちなみに法然院という名前は、鎌倉時代のお坊さんで
浄土宗の開祖である法然(ほうねん)から
取られているんですよ。
法然は、ひたすら南無阿弥陀仏を唱えれば
誰でも平等に救われると説いた人物です。
その法然と弟子たちが朝と夜の6時に
南無阿弥陀仏を唱える六時礼賛(ろくじらいさん)を
行っていた草庵が法然院の起源となっているんですね。
その後、一時荒廃してしまいますが
江戸時代初期に知恩院(ちおんいん)の住職
萬無(ばんぶ)の手によって再興され現在に至ります。
ちなみに浄土真宗を開いた親鸞(しんらん)も
法然のお弟子さんの1人です。
山門を潜ると目に飛び込んでくるのが
白砂壇(びゃくさだん)です。
参道の両脇に配置された白砂壇は盛り砂です。
水の流れが表現されているそうです。
こちらが、水の流れを表現しているんですね
向かいには、花が表現されています。
白砂壇の天井にあたる部分には
季節を表した模様がかたどられています。
この2つの白砂壇の間を通って
心身を清めてから奥へと進んでいきます。
こちらは玄関になります。
団体専用というなので別の入り口から
入りたいと思います~
こちらが本堂です。
本堂には、ご本尊である阿弥陀如来坐像と
法然上人立像や萬無和尚坐像があります。
内部は残念ながら撮影禁止だったんですけれど
本尊前には、茎の部分をとった25本の椿が
本尊に近い方から逆三角形の形で配置されていました。
春は椿なんですけれど、季節によって花は変わるそうです。
ちなみに25という数字は
二十五菩薩を表しています。
阿弥陀仏を念じて往生を願う者を
浄土に迎えるのが、25体の菩薩なんですね。
本堂の中庭の「椿の庭」です。
三銘椿と呼ばれる三種類の椿が植えられています。
とっても色鮮やかな椿。
ここで法然の生涯を簡単にご紹介します。
法然は、1133年(長承2年)に美作国(みまさかのくに)
現在の岡山県に生まれました。
幼少期に父と死別してしまい、近くのお寺に預けられ
そこで、数年間修行をして過ごします。
法然の類まれなる才能に気付いたお寺の住職が
当時、お坊さんのエリートコースともいわれる
比叡山へと行くことを法然に薦めます
境内には所狭しと椿が彩られています。
そこで天台宗の教えを受けます。
比叡山、山腹の黒谷(くろだに)で修行をしたことから
法然は別名「黒谷上人(くろだにしょうにん)」とも呼ばれます。
しかし、40歳も過ぎた頃、中国のお坊さんである
善導(ぜんどう)が書き残した書物と出会い
比叡山を降りることを決め、浄土宗を始める事となりました。
法然はその後、流罪になっているんですけれど
その時のお話は安楽寺で詳しく解説していますので
ご興味のある方は是非ご覧ください。
法然は流罪になった後、箕面市の勝尾寺に滞在し
最後は京都で死去しました。80歳の大往生でした。
方丈前の庭園です。
方丈には狩野派の一人である
狩野光信(かのうみつのぶ)による襖絵(重要文化財)が
展示されていました。
残念ながら、こちらも撮影禁止だという事で
是非足を運んでご覧になってください。
こちらは、講堂(こうどう)です。
当初は大浴室として使われていたそうですけれど
現在は、講義や展示、コンサート会場などに
使われているそうです。
なんとも風流な葉っぱ滝?がありました
法然院には、作家や著名人らのお墓があるそうです。
こんな静寂に包まれた所で安らかに眠れるのは幸せですよね。
そして、帰りに謎な物を発見してしまいました
これはなんなんでしょうか?
林檎?とも思ったのですが、どうやら陶器のようです
とぉ~っても不思議ですよね
法然院のすぐ側には善気山(ぜんきさん)と
呼ばれる山があるんですけれど
そこから流れてくる善気水(ぜんきすい)は
京の名水として名高く、法然院では
善気水で作ったお茶も飲めるそうですよ
名水でお茶を飲みながら
素敵な庭園に触れてみるのはいかがでしょうか?
今回訪れた法然院はコチラです↓
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