本日は京都検定の過去問から
4問出題させて頂きます
早速、1問目いってみましょう♪
【問題】
建武式目(けんむしきもく)を制定し、のちに室町幕府と呼ばれる武家政権を開いた人物は誰か。
ア.足利尊氏(あしかがたかうじ)
イ.楠木正成(くすのきまさしげ)
ウ.新田義貞(にったよしさだ)
エ.足利義昭 (あしかがよしあき)
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では、答えですっ。
【答え】
ア.足利尊氏
足利尊氏は、室町幕府を開いた人として
知られていますよね♪
足利尊氏の邸宅があったとされる場所。室町幕府発祥の地。
そんな尊氏は、1336年に建武式目を制定します。
ちょっと前までは、建武式目は法令ではなく
室町幕府の方針を示したものといわれていたんですね
けれど近年では、これは実質的には
法令であったとする説がかなり有力です。
建武式目は、尊氏が鎌倉幕府の評定衆
(ひょうじょうしゅう)達に諮問(しもん)し
それに対する意見書という形が取られています。
要するにQ&Aです
※諮問とは、有識者等に意見を求めること。
ちなみに室町幕府の成立は
1336年の建武式目の制定をもって
とするのが定説のようですけれど
私は、尊氏が征夷大将軍に任命された
1338年と思っています
続きまして、第2問目に行ってみましょう。
【問題】
豊臣秀吉(とよとみひでよし)は方広寺大仏殿(ほうこうじだいぶつでん)の建設のために、平安京の五条大路から現在の五条大橋の位置に橋を架け換えた。平安京の五条大路であった通りは、現在では何通となっているか。
ア.万寿寺通(まんじゅじどおり)
イ.松原通(まつばらどおり)
ウ.高辻通(たかつじどおり)
エ.仏光寺通(ぶっこうじどおり)
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では、答えですっ。
【答え】
イ.松原通
松原通は、もともと五条大路と呼ばれ
現在の五条通は六条坊門小路
(ろくじょうぼうもんこうじ)
と呼ばれていました
秀吉の大仏殿の造営の際に
六条坊門小路に橋が架かってなかったので
五条大路にあった五条大橋を
移してしまったんですね
はじめのうちは、移した橋を
大仏橋と呼んでいたそうですけれど
江戸時代に改修したときに
五条橋としてしまいました。
そのため、六条坊門小路が五条通と
呼ばれるようになったというワケです
では、松原という名前は
どこからきたの?と思いますよね
かつて新玉津島神社(にいたまつしまじんじゃ)の
ある辺りに松並木があったそうで
その辺りを松原と呼んでいたそうなんです
もう、おわかりいただけましたよね
新玉津島神社の前の通り、つまり
松原のあった前の通りだったので
松原通としたということみたいです
では3問目にいってみましょう。
【問題】
京都の下京に住んだことから、「下流(しもりゅう)」と称される茶道の家元はどこか。
ア.表千家(おもてせんけ)
イ.裏千家(うらせんけ)
ウ.薮内家(やぶのうちけ)
エ.武者小路千家(むしゃのこうじせんけ)
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では、答えですっ。
【答え】
ウ.薮内家
薮内家は、およそ400年の歴史がある
茶道の流派の1つで、代々西本願寺(にしほんがんじ)の
保護を受けていました
祖である剣仲紹智(けんちゅうじょうち)は
武野紹鴎(たけのじょうおう)に学んだ人物です。
ちなみに、あの千利休(せんのりきゅう)の
師匠だったりするんですよ~
では最後の問題です!
1級からの出題になりますので、選択肢ではありません。
ズバリでお答え下さい。
【問題】
現在の左京区岡崎にあった「六勝寺(ろくしょうじ)」のひとつである法勝寺(ほっしょうじ)は白河天皇(しらかわてんのう)が創建したが、その境内にあった高さ80メートル以上とされる建造物は何か。
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では、答えですっ。
【答え】
八角九重塔(はっかくきゅうじゅうのとう)
八角九重塔は、1076年(承保3年)に
白河天皇(第72代天皇)が創建した
法勝寺境内に建てられた塔です
大蓮寺にある法勝寺の礎石
ちょうど、左京区の岡崎にある
京都市動物園の観覧車がある場所に
建っていたそうですよ~♪
高さが約81メートルあったといわれていますから
とっても高いのがわかりますよね
けれどそれだけ高いということは
やっぱり雷に打たれちゃいますよね~
1208年(承元2年)、落雷によって
焼失してしまいました
ちなみに木像建築で日本最大の高さである
東寺の五重塔は約55メートルです!
東寺(教王護国寺)・五重塔
という事で本日も4問出題させていただきました。
皆さんは何問正解されましたか?