今回ご紹介するのは

京都市上京区にある

長五郎本舗(ちょうごろうほんぽ)の


長五郎餅(ちょうごろうもち)

長五郎餅(ちょうごろうもち)です!


長五郎餅

北野天満宮(きたのてんまんぐう)の

名物菓子として知られていて

その名前は豊臣秀吉(とよとみひでよし)が

名付けたといわれているんですよ


長五郎餅の箱

そんな長五郎餅の始まりはと言いますと・・・


天正年間(1573~1592年)

北野天満宮のある辺り一帯は

北野の森と呼ばれ

木々が生い茂っていたそうです


そして秋になれば紅葉が大変美しく

多くの参詣者が訪れたみたいなんですね


そんな場所で

河内屋長五郎(かわちやちょうごろう)
という人物が自ら考案した
餡をお餅で包んだ羽二重餅を
参詣者に振る舞っていたと
伝わっています


けれど、この時はまだ

長五郎餅という名前は付いていませんでした。


長五郎本舗

北野商店街にある長五郎本舗です。


一体、いつ秀吉にネーミングされたのかと言いますと・・・


時は1587年11月1日(天正15年10月1日)

秀吉は聚楽第(じゅらくだい)が完成した事や

九州を平定した事などを記念して

北野天満宮で大規模な茶会である


北野天満宮

北野天満宮


『北野大茶の湯(きたのおおちゃのゆ)』

を開催したんですね

※聚楽第について詳しくは、聚楽第の史跡巡りの記事をご覧ください。


北野大茶の湯(きたのおおちゃのゆ)の石碑

北野天満宮の境内にある石碑です。


秀吉は開催するに当たって諸大名や公家
そして京都や堺の茶人達に
茶会を開く手紙を出し
民衆にも、身分を問わず
参加を呼びかけるお触書を出しました


さらに秀吉は北野大茶の湯で

自らの茶器を披露し

京都の民衆の人達にも

秀吉が目の前で茶を立てて

振舞ったと伝わっています


そんな北野大茶の湯で

長五郎もお茶屋を出し

秀吉にお餅を献上したそうです


そしてその時に

秀吉はお餅を大変に気に入り
主の河内屋長五郎の名前を取って
長五郎餅と名付けたといわれているんですね♪


長五郎餅の看板

そんな秀吉が名付け親というだけでも

ビックリな長五郎餅なんですけれど

実は・・・

京都で初めての包み餅なんだそうですよ


その後、長五郎餅は明治維新まで

皇室御用達菓子となり

小松宮家や山科宮家からも

引き立てられたそうです


今でも北野天満宮の縁日である25日や
お正月、節分、梅苑のシーズンには
北野天満宮の東門を入った所にある茶屋で
長五郎餅が振る舞われています。

※本店では15時まで店内で頂く事が出来ます。


こちらが北野天満宮の境内にある


長五郎餅の出店

長五郎餅の出店です。


肝心の食べた感想はと言いますと
とにかくお餅がふんわりしていて
かなり柔らかかったです


長五郎餅

餡は塩の効いたものではなく

お抹茶と良く合いそうな

ほのかな甘さでしたよ


しつこくない味と程よい大きさで

何個でも食べてしまいそうでした

※ちなみに焼いて熱湯を注げばおしることしても食べられるそうですよ。


というワケで今回は

北野天満宮の名物菓子であり

秀吉だけでなく皇室の御用達菓子にもなった

長五郎餅をご紹介しました!


長五郎餅本舗の場所はコチラ↓


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