今回ご紹介するのは
東景寺(とうけいじ)です
東景寺は八坂神社の南楼門(正門)から
200メートルほど南へ行った
下河原(しもがわら・東山区)と呼ばれる地域にあるんですね。
曹洞宗(そうとうしゅう)のお寺で
本尊に『秋葉三尺坊大権現(あきはさんじゃくぼうだいごんげん)』を祀っています。
※秋葉権現(あきはごんげん)とも呼ばれているんですよ。
秋葉って・・・もしかして、あの!?
と思った人も多いかも知れませんね。
後ほど詳しくご紹介するので楽しみにしてて下さい
秋葉三尺坊大権現は信州で修行をしていた
『周国(かねくに)』という実在の修験者なんですよ!
ちなみに三尺坊という名前の由来は
修行をしていた宿坊の名前が
『三尺坊』だった事に由来しているそうです。
修験者がどうして神様になれたのかと言いますと
ある日、修行をしていたら・・・
突然、翼が生えたそうです
その後、どこからともなく現れた
白狐に乗って遠州(現在の静岡県西部)にある
秋葉山(あきはさん)にとどまったと言われています。
そんな秋葉三尺坊大権現は
火伏せの神様として有名で
平安時代に御所が火に包まれそうになったとき
御所の屋根に姿を現して、火を伏せたという話が
伝承として残っているんですよ
京都で火の神様と言えば
愛宕神社(あたごじんじゃ)というイメージがありますけれど
こういった逸話から
秋葉信仰もあったようですね。
ではさっそく中を見ていきましょう
山門前にある石碑には、火災消除 秋葉三尺坊大権現と書かれていました。
まず山門をくぐるといきなり鳥居が出てきます。
お寺なのに、鳥居
と疑問に思う方もいるかもしれませんけれど
これは神仏習合の名残だと思われます。
※神仏習合について詳しくは、泉涌寺 その1の記事をご覧下さい。
境内には鳥居の他にも
鷹義大明神
宝白玉弁財天
といった社がありました。
そして奥に進むと本堂があります。
本堂の前には椿が咲いているのがわかりますか?
この時期、東景寺は椿が大変綺麗なんですよ
秋葉三尺坊と書かれた額です。
こちらは御朱印とお札です。
御朱印に描かれているのが
本尊である秋葉三尺坊大権現です。
白狐に乗り、右手には剣を、左手に索(さく・縄)を持っています。
白狐の頭には宝珠(ほうじゅ・宝玉)が乗せられていて
可愛いらしいですね
江戸時代、度々火災に悩まされていた
江戸の庶民の間では
火伏せのご利益にあやかって
秋葉信仰が流行ったと言われています。
そして明治時代
現在のJR秋葉原の付近が
火災に見舞われて焼け野原になると
明治天皇の勅命で
この辺りに鎮火社を建てたと言われています
しかし!鎮火社(神道の神様)を建てたのに
地元の方は秋葉三尺坊大権現(仏教の神様)を祀ったんだと
勘違いしたそうですよ
でも、どうして勘違いしちゃったのでしょうか・・・
それは1868年に明治政府が出した
神仏分離令に関係していると思います。
※神仏分離令とは簡単に言いますと、それまで一緒に祀られていた神様と仏様を切り離すよう決めた法律です。
神仏分離令が発令されて間もなく
鎮火社は建てられたそうなんですけれど
法律が変わったからと言って、そう簡単には
神様と仏様を切り離して考える事なんて出来ませんよね
恐らくそう言った理由で、本来であれば鎮火社には
神様が祀られているはずなんですけれど
仏教の神様である秋葉三尺坊大権現を祀ったと
勘違いしちゃったのだと思います。
それで秋葉様とか、秋葉さんと言って親しんでいたそうですよ
その後、その場所は
『秋葉っ原(あきばっぱら)』
などと呼ばれるようになり
現在の秋葉原となったといわれています。
つまり東京の電気街で有名な
秋葉原(あきはばら)地名の由来は
秋葉三尺坊大権現にあったんですね~
こちらは本堂右手の
大黒天です。
ちなみに8月の下旬には
門前のさるすべりが見ごろを迎えるそうで
大変綺麗だそうですよ
そんな火伏せの神様として有名な
秋葉三尺坊大権現が祀られている東景寺の場所はコチラ↓
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