こんにちは京子です!
本日ご紹介する神社は・・・
瀧尾神社(たきのおじんじゃ)です。
まずは、簡単に瀧尾神社の歴史を紹介しますと
由緒ははっきりしていないそうでうすけれど
おそらく平安時代にはあったと言われています
1586年10月に秀吉によって行われた
方広寺・大仏殿の建立に伴って、現在の地に移動して来ました。
※かつては三十三間堂の側にあったようですが、現在は東福寺の更に東に位置しています。
そんな瀧尾神社は
後の大丸百貨店を創業した『下村彦右衛門(しもむらひこえもん)』による
崇敬を受けていた事で知られています
彼は江戸時代中期、京都に生まれました。
19歳で古着商『大文字屋』を継ぎ、質屋や貸衣装などを手伝いながら
大阪の心斎橋に呉服店を開きます。
これが大丸百貨店の基礎となったんですね。
もちろん、店は繁盛し後に下村家は豪商となりました。
彦右衛門は毎朝
行商へ行く途中、欠かさず参拝していたそうですよ~。
そしてこちらは拝殿です。
いたる所に、様々な彫刻がほどこしてあるんですね。
江戸後期から明治期の彫刻家である
『九山新太郎(くやましんたろう)』の手によるものです
九山家は京彫刻の名家として知られ
『愚子見記(ぐしけんき)』という江戸時代最古の建築書にも
記されている有名な彫刻の家柄です。
これは獏ですね~。
空想上の動物がいたるところに刻まれていますけれど
十二支もいたりします
兎も顔を出しています~。
御幣を持った猿も発見♪
鼠と牛の姿もあります。
十二支に加え、麒麟や獅子などもいます。
九山家は
東本願寺、善光寺など手がけているそうです。
寅(虎)と兎です。ちなみに次の龍と蛇は金網がかかっていた為、綺麗に撮影出来きませんでした。
そして、午(馬)に未(羊)ときて・・・
こちらは申(猿)と酉(鳥)が描かれています。
最後に、亥(猪)と戌(犬)です。戌と亥の順序が逆になっているのは、未完成を表現しているからなんですね。完成していないので『潰れない』という理屈だそうです。
そしてこちらは絵馬です。
描かれているのは
祭神である
大国主命(おおくにぬしのみこと)弁財天(べんざいてん)毘沙門天(びしゃもんてん)
と、龍が描かれています。
これは、弁財天の神使が龍だからなんですね~
そして、最後に
瀧尾神社の見所の一つと言えるのが・・・
舞殿の天井にあります
(・∀・)ノ全長8メートルの巨大な龍~っ
全身を大きくくねらせた姿はすごく豪快ですね~。
上り龍だそうですよ。
今から宝玉を掴もうとしている昇龍を表現しているそうですよ。
龍の起源である中国では皇帝の身の回りに使うものや障壁画に描く龍には指が5本。日本の龍には指が3本のものが多いです。
色がほとんど塗られてないのは奢侈禁止令(しゃしきんしれい・贅沢禁止令)が出ていたからなんですね
表立ってお金を使う事は禁止していました。
ですので
例えば、着物であれば表よりも
裏地にお金を使うようになったのです。
これが粋な文化に繋がっていくんですね。
つまり、見えないところにお金をかける文化が生まれるんですね。
龍にしても、色を塗る事は控えられましたけれど
陰影を付ける為に、木の色が違うものを組み合わせたりしています。
色を塗るよりも、手間隙をかけて作られたといっても
過言ではありませんっ
※ちなみに素材は檜だそうです。
完成された頃(江戸時代)は、あまりにリアルすぎて
住民からは大変怖がられていたそうです。
『この龍が夜な夜な川へ水を飲みに行っているのを見た・・・』
『怖くてとっても眠れない・・・・』
なんて言われていたみたいですよ。
緑色をしているのが龍の目です。銅が錆びてしまい、この色になったそうです。かつては、銅の上に金が貼られていたようです。
ちなみに龍は空想上の生き物ですけど
角は鹿、顔はラクダ、眼は鬼や兎、体は蛇
手は虎、爪は鷹、耳は牛がモチーフになっているそうです
9月には、毎年『神幸祭』が行われます。
そこでは、この見事な龍にちなんで
長さ25メートルにも及ぶ龍が舞う『龍舞』と呼ばれる神事が奉納されるんですよ。
太鼓やドラの音と共に派手に荒れ狂う龍が見れるそうです
2004年から始まった、比較的新しい神事ですが
気になる方は是非、足を運ばれてみてはいかがですか?
そんな瀧尾神社の場所はコチラ↓
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