メモ2013-06-21
テーマ:京都検定

京都検定過去問 その188

京都検定の過去問をご紹介します。

写真と解説付きですので

問題にチャレンジしてみて下さいね

では1問目です。

【問題】

京都の奥座敷ともいわれ、夏の期間、川床(かわどこ)料理を楽しめるのはどこか。

ア.大原(おおはら)

イ.花背(はなせ)

ウ.貴船(きぶね)

エ.広河原(ひろがわら)

答えは↓にスクロールして下さい。

シンキングタイム★

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では、答えですっ。

【答え】

ウ.貴船


貴船は京都市の北部、山間地隊にあり

自然が多く残る場所です。


川床料理は貴船川の流れる場所に座席が作られ

料理を頂ける所です。

水面より数十センチ上に作られているので

川のせせらぎを聴きながら

料理を楽しめるようになっているんですよ


また近くには絵馬、発祥の地と言われる

貴船神社

貴船神社があります。


境内に湧き出るご神水に

おみくじを浮かべる

『水占みくじ』が人気の神社なんですよ。

※詳しくは、貴船神社の記事をご覧ください。


続いて2問目にいってみましょう。

【問題】

「花の御所」を造営し、室町幕府の権力を確立した将軍は誰か。

ア.足利尊氏(あしかがたかうじ)

イ.足利義満(あしかたよしみつ)

ウ.足利義政(あしかがよしまさ)

エ.足利義昭(あしかがよしあき)

答えは↓にスクロールして下さい。

シンキングタイム★

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では、答えですっ。

【答え】

イ.足利義満


花の御所は

『室町幕府』という名前の由来にもなった

室町殿(むろまちどの)や室町第(むろまちてい)と呼ばれる

足利義満の邸宅です。

※花がたくさん植えられていた事から、その名前で呼ばれるようになったそうです。


足利義満は室町幕府3代将軍であり

公家のトップである太政大臣や

武家のトップである征夷大将軍という位を授かり

明からも日本国王の称号をもらっている事から

民間人の中で、最も天皇に近付いた人物とも言われています

※足利義満について詳しくは、足利義満ゆかりの地巡りをご覧ください。


また彼の建てた鹿苑寺(ろくおんじ)は

金閣寺

通称、金閣寺の名で親しまれ

観光スポットとしても人気ですよね

※金閣寺について詳しくは、金閣寺(鹿苑寺)の記事をご覧ください。


3問目にいってみましょう。

【問題】

菅原道真(すがわらのみちざね)が大宰府(だざいふ)に左遷される時に立ち寄ったと伝わる(   )の地は、現在キリシマツツジの名所である。

ア.文子天満宮(あやこてんまんぐう)

イ.錦天満宮(にしきてんまんぐう)

ウ.北野天満宮(きたのてんまんぐう)

エ.長岡天満宮(ながおかてんまんぐう)

答えは↓にスクロールして下さい。

シンキングタイム★

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では、答えですっ。

【答え】

長岡天満宮の拝殿

エ.長岡天満宮


菅原道真は

平安時代の政治家であり学者です。


学問の神様で知られ全国にある天満宮は

藤原時平(ふじわらのときひら・左大臣)と対立し

デマを流された挙げ句、左遷され

都に戻れぬまま不遇の死を遂げた彼の祟りを鎮める為に

建てられた神社として有名ですよね

※菅原道真について詳しくは、北野天満宮 その2菅大臣神社 その1の記事をご覧ください。


長岡天満宮は

京都府の長岡京市という場所にある神社です。


境内には高さが9.75メートルもある大鳥居や

そこから伸びる約70メートルの参道両脇には

中堤(参道)のキリシマツツジ

キリシマツヅジが密集して咲いています。

※2010年には長岡京市景観重要樹木、第1号に指定されました。


ここは彼の所領だった場所で

在原業平(ありわらのなりひら)らと

和歌を詠み楽しんでいたそうですよ

※長岡天満宮について詳しくは、長岡天満宮 その1長岡天満宮 その3の記事をご覧ください。


では最後の問題です。

1級からの出題になりますので、選択肢ではありません。

ズバリでお答え下さい。

【問題】

大将軍八神社

大将軍八神社は、小説『天地明察』の主人公である(   )の直筆の暦や天球儀など古天文暦資料を春と秋に特別公開する。

答えは↓にスクロールして下さい。

シンキングタイム★

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では、答えですっ。

【答え】

渋川春海(安井算哲)(しぶかわはるみ)(やすいさんてつ)


渋川春海は江戸時代の天文学者で

日本初の『貞享暦(じょうきょうれき・国産の暦)』を作り

初代・天文方(てんもんかた・天体を研究する所)になった人です

※天地明察には渋川春海の生涯が描かれいるそうですよ。


それまでは平安時代に唐(現在の中国)からもたらされた

『宣明暦(せんみょうれき)』が800年以上も使われていたそうです。


しかし日食や月食など様々な予報が外れる事が多くなってきた事から

新しい暦が作られるようになったそうです。


渋川春海は、碁所(ごどころ)という江戸幕府の役職の1つで

囲碁を家業とする、家に生まれ

当初は、父・安井算哲の後を告ぎ

2世・安井算哲と名乗っていたんですね。

※渋川という名前は先祖の姓だそうです。


という事で今回も4問出題させていただきました。

みなさんは何問正解されましたか?