今回ご紹介するのは
京都市北区紫野(むらさきの)にある
一和(一文字屋和輔)
(いちわ(いちもんじやわすけ)の
![一和(一文字屋和輔)(いちわ(いちもんじやわすけ)のあぶり餅](2016/02/15/01/2016-02-15-4.jpg)
あぶり餅です!
あぶり餅は、親指大にちぎったお餅を
今宮神社(いまみやじんじゃ)に奉納された
斎串(いぐし)に挿して、きな粉をまぶし
高級備長炭の炭火で炙った後
白味噌のタレを塗った餅菓子の事です
今宮神社の門前名物のお菓子として知られていて
今宮神社東門前の参道に向かい合うようにして建つ
2軒のお茶屋さんで振る舞われているんですね
![今宮神社](2012/04/08/02/2012-04-08-14.jpg)
その2軒のお茶屋さんのうち
北側に『一和(一文字屋和輔)』が
そして、南側に『かざりや』が
あるんですよ
![一和(一文字屋和輔)とかざりや](2016/02/14/01/2016-02-14-4.jpg)
一和(一文字屋和輔)とかざりや
そんなあぶり餅の歴史は古く
平安時代の中頃、一条天皇
(いちじょうてんのう:第66代天皇)の
時代にまで遡る事が出来ます
当時、都では度々天変地異が起こったり
疫病が流行ったりしていました
そこで!今宮神社の神前へ
疫除けの願いを込めて
あぶり餅をお供えしたのが
始まりとされているんですね
![正本家 一和 名物 阿ぶり餅 元祖と書かれています。](2016/02/15/01/2016-02-15-3.jpg)
正本家 一和 名物 阿ぶり餅 元祖と書かれています。
それ以来、あぶり餅を食べれば
厄除けや無病息災のご利益があると
信じられています
また、あぶり餅は
玉のようなお餅である事から
お玉のご利益にあやかれるとも
いわれているいるんですよ~
ちなみにお玉というのは、徳川幕府5代将軍である
徳川綱吉(とくがわつなよし)の母
桂昌院(けいしょういん)の幼名の事で
『玉の輿』の語源になったといわれる人物です
西陣(にしじん)の八百屋の娘であったお玉は
格の高い由緒ある西陣の
大棚(おおだな:大店)である
本庄家(ほんじょうけ)に養女として出され
その後、江戸幕府第3代将軍
徳川家光(とくがわいえみつ)の側室となり
後の5代将軍となる綱吉を産んだんですね
お玉が京都から江戸に嫁ぐ際
江戸までの道程を
輿(こし)に乗って行った事から
玉の輿入れ(たまのこしいれ)という
諺(ことわざ)が
生まれたといわれています
まさに玉の輿!というワケですね
ちなみにお玉は今宮神社が戦国時代に荒廃した際
社殿を整えたり、途絶えていた『やすらい祭』の復興に
尽力したといわれているんですよ♪
さて、少し前置きが長くなってしまいましたけれど
今回ご紹介するのは、今宮神社東門前参道南側にある
あぶり餅正本家元祖を名乗る
『一和(一文字屋和輔)』のあぶり餅です!
![一和(一文字屋和輔)](2016/02/15/01/2016-02-15-1.jpg)
一和(一文字屋和輔)
一和(一文字屋和輔)は
平安時代の1000年(長保2年)に
初代の一文字屋和輔が
香隆寺(こうりゅうじ)の名物
『おかちん』を作って
今宮神社の神前にお供えしたのが
始まりなんだそうで、現在
日本で現存する最も古い
和菓子店なんだそうですよ
※香隆寺は、今の上品蓮台寺(じょうぼんれんだいじ)の事です。
![いち和と書かれた暖簾](2016/02/15/01/2016-02-15-2.jpg)
いち和と書かれた暖簾
ちなみに西暦1000年頃と言えば
1008年(寛弘5年)頃に紫式部(むらさきしきぶ)による
源氏物語(げんじものがたり)が成立したり
1016年(長和5年)には、藤原道長(ふじわらのみちなが)が
摂政(せっしょう)となったりした時代です
その頃には、すでに一和(一文字屋和輔)が
あったという事にちょっとビックリしてしまいますよね
それにしても西暦1000年からとなると
すでに1000年以上続いているという事になって
1世紀どころか10世紀・・・
京都は、老舗店が多いと言われてはいますけれど
さすがに1000年とは
恐れいった!!という感じではないでしょうか
きっと皆さんが知っている歴史上の人物の何人かも
あぶり餅を1度は食べた事があると思います!!
そう思いを馳せると、なんともロマンを感じますよね
そこで気になったので少し調べてみると・・・
茶人として知られる千利休
(せんのりきゅう)がお茶菓子として
あぶり餅を振る舞った事があったり
幕末、新選組(しんせんぐみ)の
前身の組織である
浪士組(ろうしぐみ)を作った
清河八郎(きよかわはちろう)が
あぶり餅を食べながら今宮神社のやすらい祭を
見物したと伝わっているようです
平安時代から脈々と続く味だなんて
考えただけでもロマンがありますよね♪
そんな一和(一文字屋和輔)では
仕事ではなく、奉仕活動であるという事から
代々女性がお店を継いできたそうですよ
![あぶり餅を炙っている様子](2016/02/15/01/2016-02-15-4.jpg)
あぶり餅を炙っている様子
店の前では、あぶり餅を
高級備長炭で炙っていますので
今宮神社東門前周辺では、あぶり餅の
香ばしく美味しそうな匂いが
漂っているんですっ
ここを通りかかった参詣者の方は
匂いにつられて、お店の中へと
吸い込まれてしまうといった感じでしょうか♪
![あぶり餅を竹串に挿す過程](2016/02/15/01/2016-02-15-5.jpg)
あぶり餅を竹串に挿す過程
さらに、冒頭でもご紹介しましたように
お茶屋さんが2軒が向かい合っていますので
呼び込みもまた見もので
こちらも名物となっているんですよ
「あぶり餅ならこっちにどうぞ!」
「こちらのあぶり餅はいかがどすか?」
といった具合ですね
さて、そんな歴史ある一和(一文字屋和輔)の
あぶり餅を実際に食べてみると・・・
![四角いお皿に乗っている一和(一文字屋和輔)のあぶり餅](2016/02/15/01/2016-02-15-6.jpg)
四角いお皿に乗っている一和(一文字屋和輔)のあぶり餅
一口にサイズにちぎられたお餅を
口の中に入れた瞬間に
おこげの香ばしさ、白味噌の甘ダレが絶妙で
とっても美味しいんですっっ
また、あぶり餅と一緒に振る舞われている
お茶とも合うんですね~
ちなみに一和(一文字屋和輔)のお茶は
店舗内にある井戸から汲まれた井戸水で
入れられているんだそうです
![一和(一文字屋和輔)の井戸](2016/02/15/01/2016-02-15-7.jpg)
一和(一文字屋和輔)の井戸
こちらが井戸になるんですけれど
井桁(いげた)の無い井戸としては
洛中で最古のものなんだそうです
※井桁とは、「井」の字の形に組んだもの。
そして、こちらはお土産用のあぶり餅です!
3人前からの注文となっています!
![一和(一文字屋和輔)のお土産用あぶり餅](2016/02/15/01/2016-02-15-8.jpg)
一和(一文字屋和輔)のお土産用あぶり餅
あぶり餅を包んでいる包装紙には
やすらい祭の様子が描かれていました
![一和(一文字屋和輔)のお土産用の包み紙](2016/02/15/01/2016-02-15-9.jpg)
一和(一文字屋和輔)のお土産用の包み紙
という事で今回は、1000年以上の歴史を持つ
日本最古の和菓子屋店『一和(一文字屋和輔)』の
あぶり餅をご紹介しました~
是非とも足を運んでお店まで足を運んでみて下さい♪
一和(一文字屋和輔)の場所はコチラ↓