今回ご紹介するのは
京都府向日市(むこうし)にある
向日神社(むこうじんじゃ)で行われた
例祭の神幸祭(しんこうさい)です!
向日神社は
奈良時代の718年(養老2年)に創建されたと伝わり
・向日神(むかひのかみ)
・火雷神(ほのいかづちのかみ)
・玉依姫命(たまよりひめのみこと)
・神武天皇(じんむてんのう:初代天皇)の
4柱をお祀りする神社です
そんな向日神社で行われる例祭は
いつ頃から行われていたのかわからないそうですけれど
江戸時代中頃にはすでに行われていたみたいですよ
※ちなみに例祭というのは、その神社の中で一番大事な神事の事です。
向日神社の例祭は
向日神社から御旅所まで巡行する神幸祭と
御旅所から向日神社まで巡行する還幸祭(かんこうさい)で構成され、御神体を乗せた鳳輦(ほうれん)と鉾(ほこ)や榊(さかき)
太鼓等の行列が氏子地域を回るんですよ~
そして今回ご紹介するのは
向日神社から御旅所までの神幸祭です♪
神幸祭は、『おいで』と呼ばれ
現在、第2日曜日に行われている
『おまつり』と呼ばれる還幸祭の
3日前の木曜日に行われています
行列は向日神社を出発すると
鶏冠井(かいで)地区の祓所(はらいじょ)で
奉献(ほうけん)を受けて
上植野地区にある上植野御旅所まで巡行します
※奉献とは、貢物等を献上する事です。
それでは早速、レポートしていきましょう♪
※写真は2013年のものになります。
14時頃、向日神社の境内につくと
御神体を乗せる為の鳳輦がトラックに乗せられていました
昔は人の手で担いでいたそうですけれど
現在は、車で移動しているんですね
しばらくすると本殿神事である
『神幸祭本殿の儀』が行われます。
そして御神体が人目に触れないように
白い布で覆われ、鳳輦へと移されます
そして、いよいよ!
行列は向日神社を出発します
けれど・・・
なんと行列の通る道には
箱の様な物が置かれているんですね
謎の箱の正体は
皆さんもよく知る唐櫃(からびつ)なんですけれど
これがあると行列が進めませんよね
実はこれにはワケがありまして・・・
かつて江戸時代に
鶏冠井地区の宮座と向日神社で
神事を巡り言い争いになった事があったそうで
その言い争いは、当時の神主さんが
京都町奉行へ訴える程だったようです
それが原因なのか
今でも向日神社の神幸祭では
鶏冠井地区の宮座は本殿前には行かずに
神社の参道の真ん中に唐櫃を置き
行列の進行をここで一度止めるそうです
唐櫃の前で行列の進行が止められた様子
今では当時の面影を伝える慣わしとして行われていて
何も本当に鶏冠井地区の方が
邪魔をしているワケではないので
誤解しちゃダメですよ~
そしてこの後、どうなるのかと言いますと・・・
鳥居の下にいる宮座の方が左右3回づつ
御幣を回す独特の作法で御幣を振ると
それを合図に唐櫃がどかされるんですね
御幣を振る鶏冠井の宮座の方
その後、行列は再び動き出し
向日神社から東へ500mほど行った所にある
鶏冠井地区の祓所『向日社芝斎場』に向かいます!
向日社芝斎場
鶏冠井地区の祓所では
先ほど行列の邪魔をした
鶏冠井の宮座の方が待っていて
奉献をするそうですよ
そして鶏冠井の祓所で奉献を受けた一行は
上植野にある上植野御旅所へと向かいます。
上植野御旅所に到着
上植野御旅所へ到着すると、鳳輦が本殿へ納められ
『神幸祭上植野御旅所の儀』が行われます。
神幸祭上植野御旅所の儀の様子
ちなみに御神体を乗せた鳳輦は
この上植野御旅所で三日三晩を過ごした後
4日目の朝に御旅所を出発します♪
※この間、人がいなくならないように上植野の宮座の方が当番で見ているそうですよ。
御旅所を出発して向日神社まで行く
還幸祭(おまつり)についてはまたレポートしますね
神幸祭の様子は動画でご覧ください。
そんな神幸祭(おいで)が行われた
向日神社の場所はコチラ↓