今回ご紹介するのは

亀岡市の旧山陰道沿いにある

古世地蔵堂

古世地蔵堂(こせじぞうどう)です!


古世地蔵堂には

ある人物にまつわる珍しいお地蔵さんが

安置されているんですよ~


そのお地蔵さんというのは

矢の根地蔵(やのねじぞう)と呼ばれる

お地蔵さんです!


この矢の根地蔵は

普通のお地蔵さんと違って

手には錫杖(しゃくじょう)の代わりに

弓矢をもっているんですね~


えっ!?

お地蔵さんが弓矢をっ!


かなり不思議ですよね~?


その理由はと言いますと・・・

頼政の鵺退治にあります


説明板

頼政の鵺退治は平家物語にも載っているお話で

平安時代末期のある深夜

内裏で怪しい鳥の鳴き声に

時の天皇が大変おびえ

弓の名手だった頼政が退治したというものなんです。


ちなみに鵺というのは

頭は猿で胴は狸

手足は虎で尻尾は蛇という

怪鳥の事なんですよ

※鵺退治について詳しくは鵺大明神の祠の記事をご覧下さい。


そんな鵺退治をした頼政が

守り本尊として大切にしていたのが

この地蔵堂にお祀りされている

矢の根地蔵(やのねじぞう)と言われています。


鵺を退治したのが弓矢であったため

錫杖から弓矢に持ち替えているというわけなんですね。


そんないきさつで弓矢を持っていた矢の根地蔵は

10世紀頃の作と伝わり

普段は見ることが出来ないんですけれど

夏の地蔵盆の際には見ることが出来るそうですよ


そして鵺退治に成功した頼政は

恩賞として獅子王(ししおう)と呼ばれる御剣と

丹波の領地を賜わりました。

※獅子王はその後、明治天皇へと献上され、現在は東京国立博物館に収蔵されているそうです。


この賜った領地は

鵺退治にちなんで『矢代荘(やしろのしょう)』(矢田荘)と

呼ばれるようになったんだそうです


その後、頼政は

平家の勝手さに不満が高まる中

以仁王(もちひとおう)の

「平家を討て」という内容の

令旨(りょうじ)によって挙兵し

1180年、宇治川の戦いで戦死するんですね。

※そのあたりついて詳しくは頼政忌 2012(平等院)の記事をご覧下さい。


源三位と書かれている額

こちらは地蔵堂にかけられていた額です。源三位(げんさんみ)と書かれています。これは頼政が清和源氏では珍しく従三位にまで昇進したことから、そう呼ばれていたんだそうです。


頼政の亡骸は、ここからほど近い場所である

西つつじヶ丘に葬られ

頼政の守り本尊の矢の根地蔵が

この地に安置される事になったそうです。


ちなみに宇治川の合戦で敗れた

頼政の魂は蛍となり

戦ったと言われています


かつての宇治川は

無数の蛍で埋め尽くされていたそうですから

頼政やその他の武士たちの姿が

重なったのかも知れませんね。

※宇治川の蛍は残念ながら現在では見る事が出来ませんが、かつては日本で蛍の見れるスポットとして有名だったそうですよ。


そして一説には、この事から名前が付いたのが

ゲンジボタルと言われています


そのゲンジボタルと良く似た蛍がいた事から

そちらにはヘイケボタルと名付けられたと言われているんですよ。


そんな古世地蔵堂の場所はコチラ↓


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