メモ2013-03-26
テーマ:京都検定

京都検定過去問 その154

こんにちは京子です

今回は京都検定の過去問をお届けします。


写真と解説付きですので

是非、問題にチャレンジしてみて下さいね


早速、1問目です!


【問題】

隨心院

山科の小野駅の近くにある隨心院(ずいしんいん)は、(   )ゆかりの寺と伝えられ、化粧の井戸、深草少将(ふかくさしょうしょう)らの文塚などがある。

ア.和泉式部

イ.小野小町

ウ.紫式部

エ.清少納言

答えは↓にスクロールして下さい。

シンキングタイム★

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では、答えですっ。

【答え】

イ.小野小町


隨心院は小野小町の邸宅跡に建つお寺です。

彼女は平安時代の歌人で、絶世の美女と伝えられている女性です。


そんな彼女に恋をしたのが深草少将という人物で

100日もの間、毎晩

山を越えて彼女の元へ会いに行ったと言われる

『百夜通い(ももやがよい)』のエピソードは

能などでも演じられる程、有名なお話なんですよ

※百夜通いに関して詳しくは欣浄寺の記事をご覧下さい。


ちなみに、隨心院のある小野一帯には

この2人の話を元に創作された『はねず踊り』が

民謡として残っていて

春先には宴を開き、皆で踊っていたそうです


はねず踊り

この宴は一時期、途絶えた事もあったそうですが

復活の声に応える形で、昭和48年より

隨心院にて『はねず踊り』が毎年開催されるようになりました。

※はねず踊りについて詳しくは、はねず踊り 2012(隨心院)の記事をご覧下さい。


続いて2問目です!


【問題】

出雲寺

山科駅の北側の位置し、正式名称が「出雲寺(いずもじ)」である(   )は天台宗五箇室門跡(てんだいしゅうごかもんぜきじいん)の一つである。

ア.三千院(さんぜんいん)

イ.青蓮院(しょうれんいん)

ウ.毘沙門堂(びしゃもんどう)

エ.妙法院(みょうほういん)

答えは↓にスクロールして下さい。

シンキングタイム★

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では、答えですっ。

【答え】

ウ.毘沙門堂


本尊が毘沙門天像である事から『毘沙門堂』の名で親しまれているお寺です。

天台宗五箇室門跡とは

天台宗の5つの門跡寺院(皇族や摂家が出家するお寺の事)を

指す言葉です。

※天台宗五箇室門跡について、詳しくは天台宗五門跡の記事をご覧下さい。


その中の1つである毘沙門堂

文武天皇の勅願により、703年に建立されたと伝わります


鎌倉時代には衰退しますが

徳川家康のフィクサーで知られる天海(てんかい)によって再興されると

その後、後西天皇(ごさいてんのう)の皇子である

公弁親王(ごうべんしんのう)が入寺し

以後、門跡寺院となりました


では3問目です!


【問題】

狂言の普及と大衆化をはかった茂山家は、江戸時代すでに成立していたどの流派に属するか。

ア.和泉流(いずみりゅう)

イ.大蔵流(おおくらりゅう)

ウ.鷺流(さぎりゅう)

エ.喜多流(きたりゅう)

答えは↓にスクロールして下さい。

シンキングタイム★

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では、答えですっ。

【答え】

イ.大蔵流


大蔵流は室町時代後期に誕生した狂言の流派です。

問題にもあるように、江戸時代に京都で活躍した

大蔵流の狂言師というのが9代目・茂山千五郎(しげやませんごろう)です


1830年には、彦根城で行なわれた催しにおいて

急病で倒れた狂言師の代役を見事にこなした事をきかっけに

井伊直弼(いいなおすけ・彦根藩の藩主であり江戸幕府の大老)に気に入られ

以後、茂山千五郎家は彦根藩に召抱えられたそうです。

※井伊直弼については圓光寺の記事をご覧下さい。


茂山忠三郎社中による狂言

ちなみに、もう1つの茂山家『茂山忠三郎家(しげやまちゅうざぶろうけ)』は

当時、茂山千五郎の弟分であった茂山忠三郎によって

誕生した分家になります

※茂山忠三郎家が奉納した狂言については、新春奉納狂言 2013(北野天満宮)の記事をご覧下さい。


では最後の問題です。

1級からに出題となりますので選択肢ではありません。

ズバリでお答え下さい。


【問題】

文徳天皇の后(染殿后・そめどののきさき)の懐妊、安産を願って創建された(   )は、在原業平(ありわらのなりひら)の閑居跡とされ、「なりひら寺」とも呼ばれる。

答えは↓にスクロールして下さい。

シンキングタイム★

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では、答えですっ。

【答え】

十輪寺

十輪寺(じゅうりんじ)

在原業平は平安時代初期の歌人で

伊勢物語の主人公とも言われている人物です。


生前、彼は女性から大変モテたようで『平安のプレイボーイ』

とも言われているんですよ


そんな彼が晩年を過ごしたというのが十輪寺

鳳輦形の屋根を持つ本堂が特徴的なお寺です。

※ちなみに、十輪寺では彼を偲んで業平忌 2012(十輪寺)が毎年行なわれています。


塩窯

境内には彼のお墓や

切ないエピソードの残る『塩窯』などが残されています

※在原業平の塩釜に関するエピソードについて、詳しくは京都 検定過去問 その117の記事をご覧下さい。


ちなみに

染殿后が懐妊し産んだ子供は

源氏の祖と言われる清和天皇(せいわてんのう)です。

※染殿后について詳しくは染殿院の記事をご覧下さい。


という事で本日も4問出題させていただきました。

皆さんは何問正解されましたか?