メモ2014-08-06
テーマ:お寺

寂光寺

今回ご紹介するのは

京都市の左京区にある日蓮宗のお寺

寂光寺

寂光寺(じゃっこうじ)です!


寂光寺は、1578年(天正6年)

妙満寺26世である日淵(にちえん)が

室町通出水(でみず)の近衛町に

建てたのが始まりなんだそうですよ


こま札

その後、豊臣秀吉(とよとみひでよし)の

都市計画の1つである聚楽第(じゅらくだい・じゅらくてい)を

造るために、寺町夷川(てらまちえびすがわ)に移ったそうです

※聚楽第について詳しくは、聚楽第の史跡巡りの記事をご覧ください。


京都に住んでいないと

あまりピンとこないかも知れませんけれど

現在の京都御苑、西側(護王神社の南)の区域から

東側下(下御霊神社の南)へと移動したんですね。

※ちなみにこの頃までは久遠院(くおんいん)とも称していたそうで寺町夷川には、久遠院前町として地名にも残っています。


しかし!

1708年の3月8日に起こった

宝永の大火で焼失してしまいます

その為、現在地であるこの地へと移ってきたんですよ。


顕本法華宗 妙泉山 寂光寺

ちなみに寂光寺の山号は妙泉山で

顕本法華宗(けんぽんほっけしゅう)の本山です。

※顕本法華宗とは、日蓮宗の開祖である日蓮を宗祖とする宗派です。


そんな寂光寺は

囲碁本因坊(いごほんいんぼう)の寺と呼ばれ

囲碁と密接な関わりのあるお寺なんですよ♪


そのあたりはまた後ほど

ご説明するとして

早速中に入っていきましょう


山門をくぐって中に入ると

広い境内が見えてきます。


本堂前の梵鐘

本堂の前には梵鐘(ぼんしょう)がありました!


寂光寺と書かれた梵鐘

梵鐘には寂光寺と書かれています。


本堂

そしてこちらが本堂です。


本堂にはご本尊である

十界曼荼羅(じゅっかいまんだら)が安置されているんですよ


また寺宝として

近衛家(このえけ・関白を出す家)から拝領した 唐桑碁盤(からくわごばん)や囲碁狂歌などがあるそうです。

※唐桑とは、中国産の木材で木目が美しいと言われています。


本堂にかかっていた額

本堂にかかっていた額です。


また、仏足石(ぶっそくせき)もありました


仏足石

仏足石とは、釈迦(しゃか)の足跡を

石に刻んだもので信仰の対象になっています。


さて、冒頭でもお話しました

寂光寺は囲碁と密接な関わりのあるお寺なんですね


ちなみに囲碁とは

世界三大棋類の1つと言われ

2人のプレイヤーが白と黒の碁石を交互に置いていき

自分の碁石で囲んだ広さを争う

陣取り合戦のようなものなんです。


そのような性質がある事から

戦国時代には戦のシミュレーションとして

大変流行ったようですよ


そして戦国時代

お寺がまだ寺町夷川あたりにあった頃

寂光寺には、囲碁の名人がいたと言われています。


その名人とは

2代目住職である日海算砂(にちかいさんさ)です!


日海は囲碁を

堺の仙也(せんや)という老人に学んだそうで

その強さはライバルがいないと言われるくらいだったそうですよ


そしてその囲碁の腕を見込まれて

織田信長(おだのぶなが)

豊臣秀吉

徳川家康(とくがわいえやす)

の天下人3人に囲碁を教えたと言われています


さらに信長には

「そちはまことの名人なり!」

と賞賛されたそうで

今でも普通に使われている言葉

「○○名人」

この時から使われるようになったんだそうですよ~

※一説には本能寺の変の前夜に、信長と囲碁を打っていたと言われています。


また秀吉の時には

秀吉の前で対局をして勝ち抜き

4石の褒美をもらったみたいです


その後、日海は家康から

幕府の碁所(ごどころ)を任され

江戸に本拠地を移し

本因坊算砂(ほんいんぼうさんしゃ、後、ほんいんぼうさんさ)と改名します。


本因坊が誕生した瞬間ですよね。

本因坊と言えば今では3大タイトル戦の1つで

優勝者が得る称号ですけれど

初代は本因坊算砂だったんですね~


第一世本因坊報恩塔と書かれた石碑

山門をくぐって左手にある第一世本因坊報恩塔


ちなみに本因坊という名前は

寂光寺の境内塔頭だった本因坊から取られたそうです。


そしてそして

本因坊算砂は囲碁で初めて

お給料(扶持・ぶち)をもらった人物でもあるんです。


その後、本因坊の名前は囲碁界の家元となります


本因坊の名は

のち4つの家(本因坊家、井上家、林家、安井家)が

世襲制によって受け継いでいく事になったんですけれど

1936年(昭和11年)に第21世の

本因坊秀哉(しゅうかい)が

「本当に強いものこそが本因坊と名乗るべきだ!!!」

と主張をした事をきっかけに

本因坊の名は世襲ではなくなります


この時、本因坊の名は返上されるんですけれど

その代わりに本因坊戦というタイトルができ

優勝した人が名乗るようになったんですね~

※かつてお寺のあった寺町には本因坊発祥の地の駒札と石で作った碁盤のモニュメントがあります。詳しくは本因坊発祥の地の記事をご覧ください。


初代本因坊算砂のお墓

こちらは境内の墓地にある

初代本因坊算砂のお墓です。

※初代・本因坊算砂、二代目・算悦、三代目・道悦・四代目・道策・五代目・道知のお墓があるそうです。


本因坊算砂は1623年(元和9年)

65歳の時に江戸で円寂(えんじゃく)したと言われています。

※円寂とは、僧が死ぬことです。


時世の句は

「碁なりせば劫など打ちて生くべきに

死ぬるばかりは手もなかりけり」

と伝わっています。


本因坊誕生400年の2012年には

第67期本因坊決定戦七番勝負が

寂光寺で行われたそうです


ちなみに寂光寺は

日本で最初の子守学校である

京都私立子守学校を開校したお寺でもあるんですよ。

※子守学校とは、弟妹の子守をしている為に学校へ通えない子供達の為に作られた学校の事です。


そんな寂光寺の場所はコチラ↓


大きな地図で見る


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