メモ2013-02-14
テーマ:神社
関連:鬼除け弓神事 2013(小倉神社) / 

小倉神社

こんにちは京子です!

今回ご紹介するのは

京都府長岡京市にある・・・

小倉神社

小倉神社です!


奈良時代に創建された古社であり

平安京遷都が行われた際は

小倉神社が裏鬼門(南西)に位置する事から

鬼門(災難)除けの神社として崇敬を受けていました

後に『正一位(しょういちい)小倉大明神』を賜ったと伝えられています。

※正一位は、人や神に与えられる位・階級の最高位です。


小倉神社由緒

社伝によると

山崎の戦い(1582年)においては

秀吉が小倉神社に家臣を向かわせ

戦勝祈願を行ったそうです

※『山崎の戦い』とは、『本能寺の変』で織田信長を討った光秀と、秀吉の戦です。山崎とは、ちょうど小倉神社のある一帯の地名です。廃藩置県によって、現在は山崎と大山崎という地名に細分化されました。


結果的に秀吉が勝利した事から

神社には毎年、米3000俵が寄進されたという事ですよ

※1俵が約60kgですから、3000俵だと18万kgにもなりますっ。


そして、幕末に起こった『禁門の変(蛤御門の変)』においては

徳川方が、この神社で戦勝祈願をしたようです。

※『禁門の変』とは、池田屋事件によって有能な同士を殺害された長州藩が挙兵し、京都市中にて起こした戦いです。禁門の変について詳しくは木屋町界隈の史跡 その2の記事をご覧下さい。


どちらも大きな戦ですよね~。

勝利に導いたからこそ

今も語り継がれているんでしょうけど

それだけ崇拝を受けていた事がうかがえますね

ちなみに、幕末までは6万坪もの敷地を有していたそうですよ。


龍王神社

鳥居をくぐり、参道を歩くと

脇には様々な摂社が並んでいます。

こちらは、その1つである『龍王神社』です。


『雨乞い』の神様であり

干ばつが続くと、村人はここで手を合わせたそうです

神泉苑にある善女龍王社など

龍王と名の付く神社や祠は雨乞い(日照り干ばつを防ぐ)目的で

建てられるものが多いみたいですね。

※平安時代の高僧『空海』による雨乞いが行われた神泉苑については、神泉苑 その1の記事をご覧下さい。


やちまた宮

方除け、交通安全祈願が出来る『やちまた宮』です。やちまた(八衢)とは、「分かれ道が多く、迷いやすい事」を指す言葉です。


そして、2つ目の鳥居をくぐると

境内は一段高くなっていて

割拝殿、舞殿、拝殿が一直線に並んでいます


割拝殿

割拝殿です。毎年2月11日にはここで鬼除け弓神事が行われます。詳しくは鬼除け弓神事 2013(小倉神社)の記事をご覧下さい。


舞殿

こちらの舞殿には、日の丸が掲げられていましたよ。


拝殿

さらに奥にある拝殿です。後ろに本殿が見えますね。

江戸時代の後期に再建されたものだそうで

祭神には武甕槌神(たけみかづちのかみ)など

春日神(かすがしん・春日四神)を祀っています。


亀の手水舎

参道の左脇には

亀の手水舎がありました。

手水舎といえば龍が一般的ですよね


ちなみに、他県だと

カエルの手水舎というのもあるみたいですよ


十二支石像

こちらは『十二支石像』です。

自分の干支の前で手を合わせ参拝します

ちなみに、この前を通る道は

『天王山(てんのうざん)』という山へと続いています。


ちなみに

勝負事のターニングポイントや

頂上決戦という意味で使われる『天王山』とは

実在するこの山が語源になっているんです!


冒頭でもご説明した『山崎の戦い』において

この天王山を先に占領出来た方が

この戦に勝つと言われていたようで

結果的に、秀吉が天王山を獲り、光秀に勝利したのでした


という事で、今回は小倉神社を紹介しました~。

場所はコチラ↓


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