メモ2013-04-08
テーマ:お寺

墨染寺

こんにちは京子です!

今回ご紹介するのは

京都市伏見区(京都市南部)にあるお寺で

桜の隠れた名所と言われる・・・

墨染寺

墨染寺(ぼくせんじ)です


墨染寺

現在、見ごろは過ぎてしまいましたが

満開の時に撮影して来ましたので

ご紹介したいと思います


墨染桜

こちらの桜は『墨染桜(すみぞめざくら)』と呼ばれていて

境内には数本、咲いています

※桜の品種の1つである『スミゾメ』とは違うものだそうです。


そんな墨染桜には

あるエピソードが残されているんですね。


本堂と桜

本堂と桜をセットでパシャリ。


日蓮の銅像と桜

墨染寺は日蓮宗のお寺です。境内には日蓮宗の祖である『日蓮』の銅像が建っています。


平安時代前期、初代関白で知られる

藤原基経(ふじわらのもとつね)が、この地に葬られました。


ちなみに、藤原基経は初代関白を務めた他

『阿衡の紛議(あこうのふんぎ)』などで知られる人物です。

宇多天皇より関白の詔を受けた際

一文に「阿衡の任」と記載されていました。

※阿衡は古代中国の官名で、日本において実権が無いものでした。


これは文章を作成した橘広相(たちばなのひろみ)が

古文から引用した一文だったそうで

これに言いがかりをつけた藤原基経は

橘広相を政治の世界から追い出したのです。

この事から『阿衡の紛議』は

藤原氏の他氏排斥運動の1つだと思います。


・・・お話を戻しまして

藤原基経が亡くなった際に

彼の死を惜しんだ歌人・上野峯雄(かんつけのみねお)は

「深草(ふかくさ)の 野辺の桜し 心あらば 今年ばかりは 墨染めに咲け」

と詠んだそうです。

※上野峯雄に関する詳しい資料は残されておらず不明な点も多いですが、朝廷に仕えていた臣下の1人だと言われています。


ちなみに『深草』というのは京都市伏見区にある地名の1つで

墨染寺も、この深草に建っているお寺です。

歌の中で上野峯雄は何と言っているのかと言うと・・・


『深草に咲く桜よ。お前にも心があり

藤原基経が亡くなり悲しんでいるのであれば

今年くらいは、白やピンクではなく

墨染め(すみぞめ・墨で染めた色で、灰色の事)色に咲いてみよ。』

と言ったんですね

※喪の色と言えば、現在では白と黒ですが、その昔、平安貴族などは喪服には灰色のものが用いられたそうです。


日蓮の銅像と桜

すると深草の桜は

墨染めの色に染まったと言われています。

こういったお話が『墨染桜』に残されています。


お堂

毎年、春先には「桜まつり」が行なわれ、楽器の演奏など、様々な催し物が行なわれるそうです。


この歌は

古今和歌集(平安時代前期の歌を中心に編集された和歌集)に

収録されている他

能の演目にもなっているそうで

代々受け継がれてきたお話(歌)なんですね


『桜寺』と書かれた額

お堂には『桜寺』と書かれた額がかかっています。地元の人から、そう呼ばれているそうですよ。


墨染寺についても、ご説明しますと

874年に清和天皇(せいわてんのう)の勅願によって

建てられた貞観寺(じょうがんじ)を起源とするお寺です。

※清和天皇は、源氏の祖と言われる天皇です。


墨染寺の起源

墨染寺の起源が記載されていました。


墨染寺の起源の書かれた石碑

同様の内容と思われるものが石碑にも刻まれていました。


その後、衰退しますが

墨染桜のエピソードを知った秀吉が感銘を受け

日蓮宗の僧・日秀(にっしゅう)に土地を寄進し再興されました。


この時に名前を『墨染寺』に改めたという事です

ちなみに、どうして日秀に寄進したのかと言うと

秀吉の姉が日蓮宗に帰依していた事が

理由の1つにあるようですよ。


そんな日蓮宗のお寺・墨染寺の場所はコチラ↓


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