メモ2016-02-21
テーマ:お寺
関連:東福寺 その1 / 東福寺 その2 / 東福寺 その3 / 勝林寺 / 天得院 / 芬陀院 / 退耕庵 / 龍吟庵 / 善慧院・明暗寺 / 同聚院 / 

即宗院

今回ご紹介するのは

京都市東山区にある臨済宗

東福寺(とうふくじ)の塔頭寺院


即宗院(そくしゅういん)


即宗院(そくしゅういん)です!


即宗院は、東福寺境内の東端に位置し

三ノ橋渓谷に架かった東福寺三名橋の1つ

偃月橋(えんげつきょう)を渡った先にあります

※東福寺三名橋とは、偃月橋、臥雲橋(がうんきょう)、通天橋(つうてんきょう)の事。


偃月橋(えんげつきょう)

偃月橋(えんげつきょう)


南北朝時代の1387年(嘉慶元年)に
薩摩藩(さつまはん:現在の鹿児島県)の
守護大名で島津氏6代目当主
島津氏久(しまづうじひさ)の菩提寺として
東福寺第54世住持、剛中玄柔
(ごうちゅうげんじゅう)を開山に迎えて
創建されたんですね~♪

※住持とは、住職の事。


お寺の名前も氏久の法名である

『齢岳立久即宗院』にちなんで

即宗院となったそうですよ


そんな即宗院なんですけれど

創建当時は、現在の場所よりも

もっと南にあったそうなんですね


けれど1569年(永禄12年)の火災によって

焼失してしまったといわれています


その後、江戸時代の1613年頃(慶長18年)

島津義久(しまづよしひさ)が現在地で再興をし

それから薩摩藩の菩提寺となって

篤い庇護を受けたというんですね~


幕末には、維新の三傑
(いしんのさんけつ)の1人
西郷隆盛(さいごうたかもり)と
清水寺(きよみずでら)の勤王僧であった
月照(げっしょう)が倒幕の密談を
交わした場所としても伝わっています


また、1868年(慶応4年)に起こった

鳥羽・伏見の戦い(とばふしみのたたかい)の際には

薩摩藩の屯所(とんしょ)となったそうで、その時

裏山山頂に砲列を敷き、幕府軍に砲撃を加え

ことごとく打ち破ったそうですよ


それでは早速、中に入っていきましょう


山門

山門


三ノ橋渓谷に架かった木造橋廊の

偃月橋を渡った右手に

義久が再興した際に建てたられた山門があります。


この山門の左右には
石造の仁王像(におうぞう)が安置され
東福寺塔頭寺院の中では
非常に珍しい山門となっているんですね


仁王像の阿形(あぎょう)

仁王像の阿形(あぎょう)


仁王像の吽形(うんぎょう)

仁王像の吽形(うんぎょう)


今まで見た事がある仁王像は

なんかとっても大きかったから

こちらの仁王像は・・・なんだか可愛い


即宗院境内

即宗院境内


そして、山門をくぐって中に進んで行くと

左手に本堂があるんですね~


本堂

本堂


本堂には、ご本尊である
宝冠釈迦如来坐像
(ほうかんしゃかにょらいざぞう)や
開山の剛中玄柔和尚像が
安置されていましたよ


お釈迦さんの頭には

宝冠が被せられているですけれど

これは、悟りを開いた瞬間を

表しているんだそうです♪


その他、本堂内には島津家の
『丸に十字』や『牡丹』の家紋入りの火鉢
また、漆(うるし)に金彩の
美しい重箱等がありました!


そして本堂の前には

池を中心とした池泉回遊式式庭園

(ちせんかいゆうしきていえん)が広がっています!


池泉回遊式式庭園

池泉回遊式式庭園


こちらは庭園に配置された手水鉢です。

庭園の手水鉢

庭園の手水鉢


かつてこの付近に茶室の

『採薪亭(さいしんてい)』があったそうですよ


ちなみにこの庭園のある場所辺りは
平安時代末期から鎌倉時代初期の
関白(かんぱく)、藤原兼実(九条兼実)
(ふじわらのかねざね)が晩年に営んだ山荘
『月輪殿(つきのわどの)』があった
跡地だったんですね~

※九条兼実は、五摂家の1つである九条家の祖であり、その九条家から分かれた一条家と二条家の祖でもあります。


兼実は、法然(ほうねん)に

深く帰依したそうで月輪殿が完成した際には

法然の為に1室を設けといわれています。


兼実は、法然が月輪殿を訪れた際には
喜びのあまり、裸足で外に駆け出して
出迎えたそうですよ


こちらは庭園から境内の森の中に入った所にある

『西郷隆盛密議の地』と書かれたこま札です。


西郷隆盛密議の地と書かれたこま札

西郷隆盛密議の地と書かれたこま札


そして境内の奥深くにある森の中には
西郷隆盛が倒幕後の1872年(明治2年)に
明治維新に至るまでの戦いで亡くなった
戦没者を弔う為に建てたと伝わる
『東征戦亡の碑(とうせいせんぼうのひ)』
があります


東征戦亡の碑(とうせいせんぼうのひ)のある場所に建つ鳥居

東征戦亡の碑(とうせいせんぼうのひ)のある場所に建つ鳥居


碑には、524名の薩摩藩士の名前が刻まれ

その中には西郷隆盛の弟の

西郷吉次郎(さいごうきちじろう)の名前もあるんですね。


東征戦亡の碑

東征戦亡の碑


東征戦亡の碑は、西に向けて建てられていて
故郷である薩摩を見れるようにとの
西郷の思いがあったといわれています


また、この他、境内墓地には

奈良原喜左衛門(ならはらきざえもん)や

幕末4大人斬りの1人、人斬り新兵衛こと

田中新兵衛(たなかしんべえ)のお墓があるそうです。


奈良原喜左衛門は、1862年(文久2年)

島津久光(しまづひさみつ)の

上洛に従った人物で、その帰りの途中

武蔵国橘樹郡(むさしのくにたちばなぐん)の

生麦村(現在の神奈川県横浜市鶴見区)で

久光の行列を横切ろうとしたイギリス人の

チャールズ・レノックス・リチャードソンに

斬りつけ斬殺した

『生麦事件(なまむぎじけん)』

知られています


ちなみに生麦事件は

その後に起こる薩英戦争(さつえいせんそう)の

きっかけとなってしまいました


という事で今回は、西郷隆盛ゆかりのお寺

即宗院をご紹介しました


即宗院は、秋の紅葉シーズンにも

公開されていますので、ご興味のある方は

是非とも足を運んでみて下さいね


即宗院の場所はコチラ↓

最寄の交通案内

 JR 奈良線 東福寺駅(とうふくじえき)
 市バス 202・207・208系統 東福寺(とうふくじ)


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