メモ2016-01-28
テーマ:お寺
関連:南禅寺 その1 / 南禅寺 大寧軒 / 南禅寺 その2 / 天授庵 / 

慈氏院

今回ご紹介するのは

京都市左京区にある


慈氏院(じしいん)


慈氏院(じしいん)です!


慈氏院は、臨済宗南禅寺(なんぜんじ)の

塔頭の1つで通称『だるま寺』

呼ばれているんですね~

※通称、達磨寺(だるまじ)と呼ばれる寺院は他にもあって、上京区には達磨寺(法輪寺)があります。


だるま堂と刻まれた石碑

だるま堂と刻まれた石碑


1385年(至徳2年)に
義堂周信(ぎどうしゅうしん)が
室町幕府第3代将軍である
足利義満(あしかがよしみつ)から
土地を譲り受けて
創建したと伝わっています


慈氏院の表札

慈氏院の表札


その後、一時的に衰退してしまうのですけれど

1694年(元禄7年)に徳島藩第5代藩主である

蜂須賀綱矩(はちすかつねのり)によって

再興されるんですね


1887年(明治20年)には

椿庭海寿(ちんていかいじゅ)によって

1373年(応安6年)に創建された

南禅寺塔頭の語心院を合併し

現在に至るという事です


それでは早速、中に入っていきましょう


山門

山門


まずはこちらの山門をくぐって

中に入っていきますと・・・


目の前には庫裏(くり)がありました


庫裏(くり)

庫裏(くり)


庫裏というのは、お坊さん達が

食事の支度等をするのに用いられる

場所の事なんですよ


そして山門右手には
立像で石造の達磨大師像
(だるまだいしぞう)を安置する
達磨堂(だるまどう)があります!


達磨堂(だるまどう)

達磨堂(だるまどう)


この達磨大師像は

『おあしがよる大師』と呼ばれ

信仰されているんですね~


達磨大師像

達磨大師像


ちなみに『おあし』とは
宮中や院に仕える女房
(にょうぼう)達が使った
女房詞(にょうぼうことば)で
『お金』、『銭』といった
意味の言葉です


お金は、足が生えているかのように

いろんな所に行ったり来たりをする事から

『足』に例えて『おあし』

呼ばれたんですね


つまり『おあしがよる大師』とは
『お金がよる大師』という事です!


そんな達磨大師像の周りには

参拝者によって奉納された達磨が

たくさん並べられていましたよ~


達磨の置き物

達磨の置き物


ここで達磨大師についても

簡単にご紹介したいと思います!


達磨大師と刻まれた石碑

達磨大師と刻まれた石碑


達磨大師は、達磨大師は

南天竺国(みなみてんじくこく:南インド)

香至王(こうしおう)の第3王子として生まれた

5世紀後半~6世紀前半に活躍した人物で

中国禅宗の開祖といわれています


達磨大師が9年間
壁に向かって行った座禅修行によって
手足が腐ってしまった伝説から
現在のような座禅姿を模した
『だるま』の置き物が出来たと
されているんですね


現在では、禅宗のみならず

宗派を超えて達磨が縁起物として親しまれ

まずは左目に願いながら目(墨)を入れ

そして、願い事が叶った際に

右目に墨を入れて完成となります


これはどうも江戸時代のアイデアだったようで

数多く売るために商人が、この願掛けを思いつき

「願いが叶い両目を入れ終わると
また新しい達磨を客は買いに来る」

と、いう商業的な戦略があったみたいなんですよ


そしてその達磨堂の奥に進んで行くと

本堂があります


本堂

本堂


本堂には、ご本尊の
観音大士(かんのんだいし)が
安置されているそうです


本堂庭園

本堂庭園


そしてその本堂の目の前には

庭園が広がっていて

池に橋がかけられた先に

小さな祠がお祀りされていました。


小さな祠

小さな祠


おそらく弁財天(べんざいてん)が

安置されていると思います!


境内には他に茶室の

看雲席(かんうんせき)等がありました


茶室の看雲席(かんうんせき)

茶室の看雲席(かんうんせき)


という事で今回は

『だるま寺』と呼ばれる南禅寺の塔頭寺院

慈氏院をご紹介しました


南禅寺を訪れた際には

慈氏院にも足を運んでみて下さいね


慈氏院の場所はコチラ↓

最寄の交通案内

 京都市営地下鉄 東西線 蹴上駅(けあげえき)