メモ2015-09-21
テーマ:その他
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京のお菓子 その3

京のお菓子 その3

今回ご紹介するのは・・・

京のお菓子です!


京都発祥のもので、宮中や神社仏閣ゆかりの

歴史あるお菓子をご紹介したいと思いますっ


もちろん現在でも食べられるものばかりですよ~

では早速いってみましょう!


・法螺貝餅(ほらがいもち)

法螺貝餅(ほらがいもち)


そのネーミングもさる事ながら

見た目のユニークさも面白いお餅!


こちらは東山区の祇園にある
老舗和菓子屋「柏屋光貞
(かしわやみつさだ)」で
売られているお餅です。


柏屋光貞


お正月の和菓子である

花びら餅に入れる味噌餡(みそあん)にゴボウをさし

その周りを細長く焼き上げた小麦粉の皮で巻き付け

『法螺貝』に似せて作ったものなんですね♪


そんな法螺貝餅は

左京区にある聖護院(しょうごいん)が

節分会で一般の参拝者を

受け入れるようになった際に

岩本光徹(いわもとこうてつ)門主の要請によって

柏屋光貞の9代目が考案した和菓子なんです


現在でも法螺貝餅は
節分の日に食べられているんですけれど
なんと!この法螺貝餅
実は、2月3日の節分の日にしか
売られていないという大変珍しい
和菓子なんですね~


ご興味のある方は是非

柏屋光貞で予約をして手に入れて食べて下さいね


・松風(まつかぜ)


松風(まつかぜ)


西本願寺(にしほんがんじ)近くにある

亀屋陸奥(かめやむつ)の松風は

天下統一を目指していた

織田信長(おだのぶなが)と戦った

浄土真宗本願寺勢力(一向宗)の

顕如(けんにょ・本願寺第11世住職)や門徒達が

篭城戦の最中に食べていたといわれる

お菓子なんですね


信長に本願寺の周囲を包囲され
食料が厳しくなってきた中
亀屋陸奥の3代目であった大塚治右衛門春近
(おおつかはるえもんはるちか)が考案した
お米を使わずに小麦粉で作れる松風を食べて
篭城戦を戦い抜いたというワケです!


亀屋陸奥


顕如は後に篭城していた時の事を振り返り

「わすれては波のおとかとおもうなり
枕にちかき庭の松風」

と詠んだといわれ

それ以降、春近が作ったお菓子は

『松風』と呼ばれるようになったそうですよ


・麦代餅(むぎてもち)


麦代餅(むぎてもち)


麦の代わりの餅

そう思った方もいるかもしれませんけれど

こちらはお餅の『代金』

『麦』で受け取っていた事に

ちなんだネーミングなんです


つまりお餅と麦を交換するという

物々交換をしていた事に由来しているワケですね。


中村軒


麦代餅を作っている中村軒(なかむらけん)は
その昔、麦刈りや田植えの際に
間食として食べられていたお餅を
農家が忙しい農繁期に
直接、田畑まで届けていたそうです。


その後、農繁期が終わる頃に

刈り取られた麦で、お餅の代金を受け取っていたそうで

その事から麦代餅といわれるようになったんですね


夕方になると完売している事も多いので

買いに行かれる際は

午前中がオススメですよ


・幽霊子育飴(ゆうれいこそだてあめ)


幽霊子育飴(ゆうれいこそだてあめ)


なんと!幽霊が赤ん坊に食べさせたと伝わる飴が

みなとや幽霊子育飴本舗の幽霊子育飴です


みなとや幽霊子育飴本舗

もともと髑髏町(どくろちょう)と呼ばれていた

轆轤町(ろくろちょう)にあり

この辺りは平安時代

死者を捨てて風葬した場所であった

『鳥辺野(とりべの)』の入り口だった所です


みなとや幽霊子育飴本舗


そんな場所という事もあってなのか

不思議な話が伝わっているんですね。


1599年(慶長4年)の安土桃山時代

いつも1文(いちもん)分の飴を

夜な夜な買いに来る1人の女性がいたそうです。


ある晩の事、店の主が

箱の中に入れていた売上金を数えていると

お金に混じって樒(しきみ)の葉が

入っている事に気がつきます

※樒とは、仏教で死者を弔う際にお供えする花です。


店の主は、これはいつも来る女性が怪しいと思い

次に女性が飴を買いにきた際には

その後をつけて行く事を計画します


そして次の日の晩

女性がいつものように飴を買いに来たので

計画通り、女性の後をつけていったんですね!


けれどそこで店の主は驚くべき光景を目にします


なんと!ずっとついていった女性が
お寺の墓前でスーっと
消えてしまったんですね


これには驚いた店の主が

辺りをうろうろしていると

なんと!お墓の中から「オギャー」と

赤ん坊の泣き声が聞こえてくるではありませんか!


そこでそのお墓を調べてみると

中には女性の遺体とともに

赤ん坊がいたんですね


その遺体は毎夜飴を買い求めてきた女性のもので

土葬されていたそうです。


その女性は死んでもなお、赤ん坊の事が気にかかり

幽霊となって飴を求めに来ていたというわけなんです


このような話から
この飴の事を幽霊子育飴というそうで
その幽霊が買っていたといわれる飴が
みなとや幽霊子育飴本舗
幽霊子育飴なんですね


という事で今回は

京のお菓子を、4つご紹介させて頂きました

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