メモ2015-03-23
テーマ:お寺

観音寺(東向観音寺)

今回ご紹介するのは

京都市上京区にある


観音寺(東向観音寺)


観音寺(東向観音寺)(かんのんじ(ひがしむきかんのんじ))です!


こちらの観音寺

お堂が東を向いている事から

東向観音寺とも呼ばれる

真言宗泉涌寺派のお寺で

山号を朝日山といいます


こま札


場所は北野天満宮

ニノ鳥居西側にあるんですね


806年(延暦25年)に
桓武天皇(かんむてんのう)の勅願で
創建されたといわれ
天暦年間(947~957年)には
北野天満宮(きたのてんまんぐう)を
創建した1人である
最珍(さいちん)が大宰府から
菅原道真(すがわらのみちざね)の霊を
移したといわれています


ちなみに創建当初は

東向きと西向きの2つのお堂が

あったそうですけれど

西向きは早くに無くなったようですよ


それでは早速、中に入っていきましょう♪


山門をくぐると

目の前には本堂があります。


本堂


本堂には、菅原道真の念持仏といわれる

十一面観音像が安置されています


また、台座の部分に
梅と松が使われている事から
二木観音とも呼ばれるみたいです


ちなみに十一面観音像は

洛陽三十三所観音霊場の

第31番に数えられているんですよ♪

※洛陽三十三所観音霊場は、遠くて巡礼が困難な西国三十三所の代わりとなるよう後白河天皇が提案したと言われています。


石碑

山門前にある石碑


こちらは山門をくぐった

右手にある白衣観音堂です!


白衣観音堂


白衣観音堂には
世継ぎ地蔵と呼ばれる
高王白衣観音(こうおうびゃくえかんのん)
が安置され、赤ちゃんを授かりたい方から
信仰されているんですね~♪


子宝に恵まれるようにといった

願いが書かれた絵馬がたくさんありましたよ


こちらは本堂の


行者堂


左手にある行者堂です!

神変大菩薩(じんべんだいぼさつ)が

安置されています


神変大菩薩は

役小角(えんのおづの)の事で

役行者(えんのぎょうじゃ)と呼ばれる修験道の開祖です。


※役行者については、祇園祭 役行者山八坂神社)の記事をご覧ください。


こちらは行者堂の前にある


弁天堂


岩雲弁財天を祀る弁天堂です。


そして行者堂の後ろにあるのが

伴氏廟(ともうじびょう)です!


伴氏廟


こちらは忌明塔(いみあけとう)と呼ばれ
もともとは北野天満宮末社である
伴氏社(ともうじしゃ)のあたりに
あったそうです


ちなみに忌明塔は

室町時代には

両親の49日が終わった忌明けの日である

50日目に参拝するという風習があったそうで

多くの方で詣でられていたみたいですよ


伴氏廟と刻まれた石碑


そしてこの伴氏廟は
道真の母のお墓と伝わっています


そしてこちらは


土蜘蛛灯籠


土蜘蛛塚(つちぐもづか)にある土蜘蛛灯籠で

もともと七本松一条にあったもののようです。

※七本松一条は北野天満宮から南東へ300メートルほど行った所にあるエリアです。


ちなみに土蜘蛛とは

源頼光(みなもとのよりみつ・らいこう)の

家来である渡辺綱(わたなべのつな)と

平井保昌(ひらいほうしょう)が

北野の杜で退治したとされる巨大な蜘蛛の事で


土蜘蛛灯籠のこま札


こま札によると土蜘蛛とは

日本にいた先住穴居民族で

背が低く、土蜘蛛のようだったといわれているそうです。

※土蜘蛛の話は狂言にもなっていますので詳しくは、嵯峨大念仏狂言 2012(清凉寺)、千本ゑんま堂大念佛狂言 2012(千本ゑんま堂)についての記事をご覧ください。


というわけで今回は東向観音寺をご紹介しました

観音寺の場所はコチラ↓


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