メモ2015-02-23
テーマ:祭り・イベント
関連:女座の祭 2013(涌出宮) / 涌出宮 / 居籠祭 2015・門の儀(涌出宮) / 居籠祭 2015・饗応の儀(涌出宮) / 

居籠祭 2015・大松明の儀(涌出宮)

今回ご紹介するのは

2月21日に京都府木津川市の

涌出宮(わきでのみや)で行われました


居籠祭(いごもりまつり)・大松明の儀(おおたいまつのぎ)


居籠祭(いごもりまつり)・大松明の儀(おおたいまつのぎ)です!


国の重要無形民俗文化財に

指定されている居籠祭は

『齋居祭』とも書かれ

かつて3日間にわたって行われていた

お祭の事なんですよ

※現在は2日間となっています。


居籠祭の起源と考えられているものは

いくつかあるんですけれど

その内の1つが

崇神天皇(すじんてんのう・第10代天皇)の
時代にこの地を治めていたとされる
武埴安彦命(たけはにやすひこのみこと)の
謀反に由来するものなんだそうです


武埴安彦は

大和の王権に対して謀反を起こすんですけれど

敗れてしまい討ち取られてしまうんですね~


その後、村に悪い病気が流行った為
村人達は、これを
『武埴安彦の悪霊による仕業』
と考え、洞窟に籠って
祈祷をしたといわれています


すると、病気の流行がおさまったんですね


この籠って祈祷した事が

居籠祭という独特なネーミングの

由来にもなっているというワケなんですよ


ちなみに今回ご紹介する
大松明の儀では境内にあらかじめ用意した
樫(かし)の大きな松明を
燃やすというものなんですけれど
これは武埴安彦の首をはねた際の
胴体の部分を型取ったものとも
いわれているんです


え?じゃあ首はどうなったの?

って思いますよね~


実は首の方は木津川(涌出宮の西)を挟んで

対岸にある祝園(ほうその)という地区まで

飛んでいったんだそうですよ


ここでもしかして・・・

と思った人もいるかも知れませんけれど

実は、その祝園にある祝園神社でも
居籠祭が行われていて
お祭では武埴安彦の首を型取った竹輪が
使われているといわれているんです


つまり、この説から考えられるのは

居籠祭は涌出宮と祝園神社の両神社で

武埴安彦の霊を鎮める為に行われた

慰霊の祭でもあったという事ではないでしょうか


川を挟んで2つの神社が

居籠祭を行っているのは

偶然なんかじゃないですよね


そんな居籠祭なんですけれど
現在では室町時代の農耕儀礼を伝える
豊作祈願の祭や
厄除招福成就の祭として
信仰を集めているんだそうです


少し前置きが長くなりましたけれど

早速、大松明の儀をレポートしていきましょう♪


門の儀(かどのぎ)


午後20時頃に拝殿で

門の儀(かどのぎ)がお開きになると

拝殿横に設置されていた大松明に火がつけられます!


その後、しばらくすると

拝殿から宮司さんが大松明の前に移動し

燃え盛る大松明の前で

五穀豊穣を願って祝詞を上げるんですね


祝詞


その後、籾(もみ)や

玄米、白米に加えて

金紙、銀紙を火の中に投げ入れます


玄米、白米、金紙、銀紙等を投げ入れる様子


これは食べ物を燃やす事によって

真剣な願いだという事を

表しているんだそうですよ


その後、しばらくすると

設置されていた大松明を

座の方々の掛け声と共に崩すんですね♪


大松明を崩した後の様子


大松明を崩す瞬間は、とても圧巻でしたよ~

ここまでの一連の流れは動画でもご確認下さい♪

大松明の儀の様子は動画でご覧ください。


その後、崩した火をまとめて

30分程燃やした後は

残り火を用意しておいた小松明に移し


小松明を移動させている様子


四脚門の前まで移動させます


四脚門の前


そして四脚門の前でも同じように

宮司さんが祝詞を上げ


四脚門での祝詞


玄米等を投げ入れていましたよ


玄米等を投げ入れている様子


これでこの日の居籠祭・大松明の儀は

お開きとなりますけれど

居籠祭自体は2日目へと続いていきます。


居籠祭の大まかな日程は下記の通りです。


1日目

・『野塚神事(のづかしんじ)』

・『門の儀(かどのぎ)

・『大松明の儀』

2日目

・『饗応の儀(あえのぎ)

・『御田の式(おんだのしき:お田植祭)

・『御供炊き神事(ごくたきしんじ)』


そんな居籠祭の大松明の儀が行われた

涌出宮の場所はコチラ↓


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