メモ2014-09-03
テーマ:お寺
関連:宝珠尊融通御守授与 2016(福勝寺) / 

福勝寺

今回ご紹介するのは

京都市上京区にある

福勝寺

福勝寺(ふくしょうじ)です!


こちらの福勝寺は

通称、ひょうたん寺と呼ばれているんですよ


ひょうたん寺と書かれている木札

なぜひょうたん寺と呼ばれているのかは

後ほどご説明するとして

まずはお寺について簡単にご紹介しますね


福勝寺は真言宗のお寺で

善通寺派に属し、山号は竹林山(ちくりんざん)といいます。


詳しい創建の年はわかっていませんけれど

弘法大師(こうぼうたいし)空海(くうかい)が

河内国古市郡中村(現在の大阪府羽曳野市)に

創建したんだそうですよ


福勝寺と書かれているプレート

その後、お寺は衰退したと言われているんですけれど

鎌倉時代になると覚済(かくぜい・僧)によって 京都油小路五条坊門に再建されます!


しかし、江戸時代の1708年には

宝永の大火(ほうえいのたいか)によって

焼失してしまうんですね


その後、現在地に移され

今に至るというわけなんです。


それではレポートしていきましょう


まずこちらの山門なんですけれど


かつて九条家にあった屋敷の門

もともとは五摂家の1つである

九条家の屋敷の門だったそうで

普段は開かれていません!


この門が開かれるのは

2月3日の節分の日だけなんだそうですよ


ですから、普段は


普段の入り口

こちらから中に入ります!


門をくぐり右手の方に進んでいくと

本堂がありました。


本堂

本堂にはご本尊として

薬師如来が安置されているそうです。


こちらの薬師如来は

京都十二薬師の第6番目に数えられているんですよ♪


京都十二薬師霊場第六番と書かれている柱

十二薬師霊場会とは

平安時代から続く京の町の風習で

信仰を集めた12ヶ所の霊場を

薬師如来に無病息災・病気平癒などの祈願しながら

順番に巡るというものです。


京都十二薬師霊場は以下の通りです。

第1番 平等寺(びょうどうじ)・因幡薬師

第2番 東寺(とうじ)・金剛薬師

第3番 水薬師寺(みずやくしじ)・水薬師

第4番 壬生寺(みぶでら)・歯薬師

第5番 地福寺(ちふくじ)・日限薬師

第6番 福勝寺(ふくしょうじ)・峰薬師

第7番 雙林寺(そうりんじ)・東山薬師

第8番 大超寺(だいちょうじ)・鍬形薬師

第9番 薬師院(やくしいん)・不来乎薬師

第10番 大福寺(だいふくじ)・菩提薬師

第11番 西光寺(さいこうじ)・寅薬師

第12番 永福寺(えいふくじ)・蛸薬師

となっています。


また、その隣には聖観音菩薩が安置され

洛陽三十三所観音霊場の第29番札所に

なっているそうですよ

※洛陽三十三所観音霊場は、遠くて巡礼が困難な西国三十三所の代わりとなるよう後白河天皇が提案したと言われています。


本堂の前には十三重石塔がありました。


十三重石塔

さて、冒頭でもお話しましたとおり

福勝寺は通称、ひょうたん寺と呼ばれているんですけれど

その理由はといいますと・・・


節分の日に授与しているお守りにあるんですね~

それがこちらのお守りです


ひょうたんのお守り

見事なひょうたんですよね?


そうなんです!福勝寺がひょうたん寺と呼ばれる理由は

この瓢箪のお守りにあったんですね


ちなみにこのお守りは

宝珠尊融通御守(ほうじゅそんゆうずうおまもり)といって 節分の日にしか販売されていないんです!!


なぜ瓢箪なのかと言いますと

空海が中国より持ち帰った

様々な願いを叶えると言われる

如意宝珠(にょいほうじゅ)に由来しているそうで

この宝珠を2つ並べると瓢箪に見えるからなんですね。


屋根瓦

また豊臣秀吉(とよとみひでよし)が戦に行く前

福勝寺で祈願し、瓢箪を奉納したそうで

秀吉は戦に勝つと、奉納した瓢箪を持ち帰り

千成瓢箪(せんなりびょうたん)を作って旗印とした事から

ひょうたん寺と呼ばれるようになったとも

言われています。


そんな福勝寺は

後陽成天皇(ごようぜいてんのう・第107代天皇)や

後西天皇(ございてんのう・第111代天皇)の勅願所となったそうで

後西天皇から御所の紫宸殿にある

左近の桜の分木を賜った事から

桜寺とも呼ばれるそうです


境内の墓地には幕末の志士である

古高俊太郎(ふるたかしゅんたろう)の

お墓がありました。


古高俊太郎のお墓

古高俊太郎とは・・・

池田屋事件(1864年)のきっかけとなった人物なんですね


1829年に大津(滋賀県)で生まれた古高俊太郎は

儒学者の梅田雲濱(うめだうんぴん)のもとで

勤王思想を学んだと言われています。

※梅田雲濱については、安祥院の記事をご覧ください。


その後、京都で古道具や馬具を扱う

『枡屋(ますや)』というお店を営みます。


しかし枡屋の裏の顔は

勤皇志士たちの武器貯蔵庫だったんですよ~


ある日、新選組に襲撃され

捕縛される事になりました。


新選組の鬼の副長とも称される

土方歳三(ひじかたとしぞう)に拷問されると

あるテロの計画をしゃべってしまいます

それが後の池田屋事件へと繋がっていくんですね~。

※古高俊太郎について詳しくは古高俊太郎邸跡を、池田屋事件について詳しくは木屋町界隈の史跡 その2の記事をご覧ください。


その後は六角獄舎に入れられ斬首されました。

福勝寺には古高俊太郎の遺髪を納めたそうですけれど

滋賀県守山市にある

福寿院の古高一族の墓に移されたとも言われています。


そんな福勝寺の場所はコチラ↓


大きな地図で見る


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