メモ2014-09-01
テーマ:お寺

大福寺

今回ご紹介するのは

京都市の中京区にある

大福寺

大福寺(だいふくじ)です!


こちらの大福寺は創建がとても古く

なんと、推古天皇(すいこてんのう・第33代天皇)の時代

598年(推古天皇6年)と伝わっているんですよ


そんな古くからある大福寺は

天台宗のお寺で

山号を瑠璃光山といい

院号は利生院というそうです


天台宗 大福寺

もともとは京都ではなく

大和国宮田郷(現在の奈良県)に建てられ

その後、平安時代に京都に移ってきたんだそうですよ~


しかし1877年(天明8年)に起こった

天明の大火(てんめいのたいか)によって

寺の大部分が焼失してしまい

現在は本堂のみを残しているというわけなんです。


かつての境内は

北は夷川通、南は二条通

東は麩屋町通、西は富小路通まであったと言われています。

※市内中心部の一区画丸まるの大きさで150坪ほどの大きさです。


ちなみに以前は室町時代に移ってきたと

されていたそうですけれど

最近の調査で

平安時代には移ってきたという事が

わかったそうなんですよ


ではさっそく中に入ってみましょう♪


お寺にお詣りするには


瑠璃光山 利生院 大福寺と書かれた暖簾

こちらの暖簾のところから入る事になります


中に入ると右手が本堂となっていて

ご本尊に菩提薬師如来(ほていやくしにょらい)が

安置されているそうです。


菩提薬師如来

こちらの菩提薬師如来は

普段は厨子の中に安置されています。

聖徳太子(しょうとくたいし)の作なんだそうですよ。


ちなみに菩提薬師如来は

京都十二薬師霊場の第10番目に

数えられているんですね~。


十二薬師霊場会とは

平安時代から続く京の町の風習で

信仰を集めた12ヶ所の霊場を

薬師如来に無病息災・病気平癒などを

祈願して順番に巡るというものです


京都十二薬師霊場は以下の通りです。

第1番 平等寺(びょうどうじ)・因幡薬師

第2番 東寺(とうじ)・金剛薬師

第3番 水薬師寺(みずやくしじ)・水薬師

第4番 壬生寺(みぶでら)・歯薬師

第5番 地福寺(ちふくじ)・日限薬師

第6番 福勝寺(ふくしょうじ)・峰薬師

第7番 雙林寺(そうりんじ)・東山薬師

第8番 大超寺(だいちょうじ)・鍬形薬師

第9番 薬師院(やくしいん)・不来乎薬師

第10番 大福寺(だいふくじ)・菩提薬師

第11番 西光寺(さいこうじ)・寅薬師

第12番 永福寺(えいふくじ)・蛸薬師

となっています。


また、菩提薬師如来の左には

腹帯地蔵(はらおびじぞう)や

元三大師(がんざんだいし)

京都七福神の1つである布袋尊(ほていそん)が

安置されています。

※元三大師について詳しくは、廬山寺 その1の記事をご覧ください。


そして菩提薬師如来の前には

屏風に描かれた

ちょっと珍しい『布袋さん』を

見ることが出来るんですよ~♪


ちょっと珍しい布袋さん

絵を良く見ると・・・

本来手に持っているはずの軍配を

持っていないんです


それどころか足元に軍配は転がっているんですよ!!

どうしてこのように描かれているのか

不思議なんですけれど

ちょっと違う布袋さんも面白いですよね~


こちらは大福帳(だいふくちょう)と

近江商人の家訓と掟と書かれた大福帳

書かれています。


大福帳というのは

江戸時代から大正時代の頃まで

商いをする家で使われていた

日本固有の会計帳簿の事です


お正月になると

大福帳を持った商人が

商売繁盛を願って宝印を受けに

来られたんだそうですよ。


現在でもお正月には

御朱印を受けにこられる人が多いそうです


地蔵尊が安置される厨子

地蔵尊が安置される厨子。


そんな大福寺は幕末

ある人物の仮寓(かぐう)となったと言われています。

※仮寓とは、仮住まいの事です。


そのある人物というのは・・・


勤王の志士

梅田雲濱(うめだうんぴん)です!


彼は若狭国小浜藩(わかさこくおばまはん)の儒学者で

藩主に海防策の意見書を出した事で

藩政批判とみなされ藩籍を剥奪

浪人となってしまうんですね


かつてはお堂の前にあったとされる石

本堂下から出てきた、本来はお堂の前にあったとされる石


その後、攘夷運動を行い

幕府を批判した事で

今度は『安政の大獄』の逮捕者の

第1号となり牢獄行き!

獄中の中で病死してしまった人物なんです

※梅田雲濱のお墓は安祥院(あんしょういん)にあります。


そんな雲濱が

妻女を迎えたのが

この大福寺なんですね。


そんな大福寺の場所はコチラ↓


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