メモ2014-06-11
テーマ:お寺

恋塚寺

今回ご紹介するのは

京都の伏見区下鳥羽(ふしみくしもとば)にある

恋塚寺

恋塚寺(こいづかでら)です!


ちなみに恋塚寺というお洒落な名前は

通称名では無く、正式名称なんですよ


恋塚寺という名前から

お寺には恋にまつわるエピソードがありそうな

そんな予感がしますよね♪


恋塚寺と書かれた石碑

ここ恋塚寺には

ある恋のエピソードが伝えられているんですけれど

それはとても悲しいお話なんですよ


では早速お寺をご紹介していきたいと思います!


茅葺の山門

まず茅葺の山門をくぐると

すぐに本堂が見えます。


恋塚寺は利剣山(りけんざん)と号する浄土宗のお寺で

文覚(もんがく)という僧がある女性の

菩提を弔うために建立したそうです


そのある女性とは

袈裟御前(けさごぜん)の事なんですね!


こま札

袈裟御前は源渡(みなもとのわたる・北面の武士)の妻で

大変美しい女性だったと言われています。


そんな夫のある袈裟御前に

心を奪われてしまったのが

のちの文覚である遠藤盛遠(えんどうもりとお)なんです


恋塚寺と書かれた額

本堂に掛けられている額


盛遠は、平安時代末期に

平清盛(たいらのきよもり)や

佐藤義清(さとうのりきよ)

そして袈裟御前の夫である源渡と同じく

北面の武士として活躍した武士です。

※佐藤義清は後に出家して『西行』と名乗った人ですよね。詳しくは、勝持寺の記事をご覧ください。


豪傑を地で行くような

勇猛果敢な武将であったそうですよ


そんな盛遠が渡辺の橋完成の

供養の際に袈裟御前を見かけます。


袈裟御前を一目見たその瞬間・・・


「美女と言われる楊貴妃(ようきひ)や李夫人(りふじん)など

実際に見た事がないんだから

今目の前にいる彼女に比べればかすむ!

彼女の眼差しは芙蓉のように気高く

全く媚びた様子も無い!」

盛遠は目を奪われ恋に落ちてしまうんですね


袈裟御前の肖像画

土佐光信(とさみつのぶ・室町時代の絵師)による袈裟御前肖像画


血気盛んだった盛遠は

袈裟御前に夫がいる事を知りながらも

袈裟御前の母親に刀を抜き

「袈裟御前と会わせろ!」

と言って、袈裟御前との間を取り持つように

脅します


母親は考えに考えた末

仮病を使って袈裟御前を呼び出すと

全てを話したんですね。


そして母親は小刀を袈裟御前に渡し

「盛遠に殺される前に

アナタの手で殺して欲しい」

涙ながらに言ったそうです。


しかし袈裟御前は母親の命を守るため

盛遠に会う決心をつけるんですよ!


お母さんを殺せるわけがないですものね


そして盛遠に会うと

盛遠は

「源渡と別れて自分の妻になれ!」

と袈裟御前に迫ります。


しかし夫がいる袈裟御前は

そう簡単に承諾できるはずもなく

その言葉に悩みに悩むんですね。


そして彼女が出した結論は

「盛遠様がそこまでおっしゃるのであれば

せめて夫を殺してください。

そうしてくれなければ、あなたの妻になど

なれるわけありません

今宵、夫に髪を洗わせ

酒を飲ませて眠らせます。

盛遠様は夫の濡れた髪を手探りに

どうぞ殺してください。

夫を亡きものにしてくれたら

あなたのもとに参ります。」

と言うものだったそうです。


これには盛遠も

袈裟御前が手に入ると思って

大いに喜んだと思います。


そして手はずどおり屋敷に入り

濡れ髪を探りあてると一刀のうちに

首を切り落とし、その首を着物に包んで

外に走って逃げました


盛遠は月明かりの中で

着物に包んでいた首を見てみると

その首は、なんと自分が

恋した袈裟御前の首だったんですね!!


つまり袈裟御前は

自分の貞操を守る為

または夫を守る為に

夫の髪を洗い濡らしたわけでは無く

自分の髪を濡らして寝床に入ったということなんです


これがきっかけで盛遠は

自分のした事がいかに愚かで

情けない事なのかを恥じて

出家したと言われているんですね。


その後、盛遠は文覚と名を改め

袈裟御前の菩提を弔うために


宝筐院塔

境内にある袈裟御前恋塚と伝えられる宝筐院塔(ほうきょういんとう)。少しだけ西に傾いているようです。これは西の文覚が再興した神護寺(じんごじ)の方角を向いていると言われています。神護寺について詳しくは、神護寺 その1の記事をご覧ください。


恋塚を建て

お寺の名前を恋塚寺としたそうです


恋塚寺はそういった悲しいエピソードが

伝わるお寺なんですね~

※京都には通称、恋塚寺と呼ばれる浄禅寺があり、そちらも同じエピソードを持っています。


ちなみにこの悲しいエピソードは

源平盛衰記(げんぺいせいすいき・鎌倉時代の軍記物語)に詳しく書かれています


また今までにいくつか映画にもなっていて

中でも地獄門という映画は

『パルム・ドール』という

カンヌ国際映画祭で与えられる

最高の賞を受賞した作品ですので

ご興味のある方は見てみてはいかがでしょうか


その後、袈裟御前は

貞女(ていじょ)の鑑(かがみ)として尊敬され 恋塚寺には多くの女性が訪れるようですよ。


そんな恋塚寺には

来訪日記

訪れた人が誰でも記入できる日記が置いてあり

「やっと来る事が出来ました!」

といった女性からの声が

多く書き込まれていました


ちなみに恋塚寺の近くには

『赤池(あかいけ)』という地名がありますけれど

そこは盛遠が池で袈裟御前の首を切り落とした際に

刀に付いた血を洗い、赤くなった事にちなみ

そう呼ばれているそうです。


そんな袈裟御前の菩提を

弔うために建てられたお寺である

恋塚寺の詳しい場所コチラ↓


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