メモ2014-03-20
テーマ:お寺
関連:妙心寺 その1 / 退蔵院 / 桂春院 / 大心院 / 麟祥院 / 海福院 / 隣華院 / 妙心寺 その2 / 玉鳳院 / 霊雲院 / 龍泉庵 / 天球院 / 

大法院

今回ご紹介するのは

48ある妙心寺(みょうしんじ)の塔頭の1つ

大法院

大法院(だいほういん)です!

※『ピュア・ラブ(TBS系昼ドラマ)』の第8話は、大法院で撮影されたようです。


普段は非公開のお寺なんですけれど

第48回 冬の特別拝観

今回は『第48回 冬の特別拝観』で

特別公開されていました

※今年は残念ながら3月18日で終了しているんですけれど、毎年、春と秋に特別公開をしているので足を運んでみてください。ちなみに紅葉がとても有名なお寺なんですよ。


大法院は、真田幸村(さなだゆきむら)の兄

『真田信之(さなだのぶゆき)』の菩提を弔うために

孫の長姫(おさひめ)が1625年

または、1662年に

淡道宗廉(たんどうそうれん・妙心寺175世の弟子)を開祖に

創建したお寺なんだそうです

※年代については諸説あるようですので2つ記載しておきました。


ちなみに大法院という名前は

信之の法名にちなんで

つけられたそうですよ~


その後、お寺は長姫の婚姻関係によって

真田・千種・久我・内藤という4家の

香華寺(こうげいん・菩提寺)になったそうです。


説明板

はじめは妙心寺四派(しは)の1つ

『東海派(とうかいは)』のお寺だったみたいなんですけれど

のちに『龍泉派(りょうせんは)』となったようです


妙心寺四派とは・・・

『東海派』『霊雲派(れいうんは)』

『龍泉派』『聖澤派(しょうたくは)』の事で

妙心寺の中興開山である雪江宗深(せっこうそうしん)の

優れた4人の弟子それぞれが開祖となりました。


真田幸村と言えば、大阪夏の陣の際に

獅子奮迅の戦いぶりを発揮した人として

有名ですよね


でも、幸村のお兄さん

信之のことはあまり知られていません。


少しご紹介しますと

信之は関ヶ原の合戦で

徳川側、つまり『東軍』についていて

信州松代藩(まつしろはん)の

初代藩主にもなった人物なんですよ!


しかも戦国時代を生きた武将の中では

珍しく、かなりの長寿!

なんと93歳まで生きるんですねー!!


戦国時代とは思えない

長寿ぶりですよね


でも、真田家って豊臣氏についていたから

関ヶ原の合戦では

『西軍』だったんじゃないの?

と思う人もいるかも知れませんけれど


信之は徳川である東軍についていたんですね。


その理由は・・・

どちらが勝っても

真田家が存続するから

という乱世ならではの

処世術だったんですよ。


では、ちょっと話が長くなりましたけれど

早速お寺をレポートしますね♪


まず、山門をくぐり方丈のある方に進みます。

方丈へ行くまでにあった建物

こちらは方丈へ行くまでにあった建物で、内部には三十六歌仙のような絵が飾られていましたが詳しくはわかりませんでした。


そしてさらに進んでいくと


方丈

方丈です。


方丈の前に辿りつくんですね。


方丈には

看板にもなっている襖絵が公開されていました


叭叭鳥図

こちらは看板の写真です。

『叭叭鳥図(ははちょうず)』といいます。


叭叭鳥(はっかちょう・ムクドリ科)という鳥がたくさん描かれています。


叭叭鳥図は、江戸中期の絵師である

土方稲領(ひじかたとうれい)が描いたとされ

自由自在の意を表現したものと言われています


そしてこちらが方丈前にある


露地庭

露地庭(ろじにわ)です


茶室へ続くお庭

方丈をこちら側から出ると露地庭に出るんですね~


大法院の露地庭は

外露地、中露地、内露地に分かれていて

実用と美を兼ねたものだそうですよ


ちなみに露地庭とは

茶庭とも言い

茶室へ行くまでのお庭なんですよ。

※通常、腰掛・雪隠(せっちん)・中門があるんだそうです。


その茶室というのがこちらです。

有隣軒

こちらの茶室は『有隣軒(ゆうりんけん)』と言うそうで

論語の『徳不孤必隣有』から

つけられた名前だそうで

『徳は孤ならず必ず隣有り』と読み

「本当に徳のある人は孤独になったりはしない!」

という意味になるんですね

※論語は、主に中国の孔子の言った事を弟子達が記録したものです。


そして、この大法院は

ある人物ゆかりのお寺でもあります。


そのある人物とは・・・

幕末の思想家で

勝海舟(かつかいしゅう)や

坂本龍馬(さかもとりょうま)の師匠でもある

『佐久間象山(さくましょうざん)』の事なんです


佐久間象山の墓


彼は松代藩第8代藩主

真田幸貫(さなだゆきつら)に儒臣(じゅしん)として

仕えていたんですね。

※儒臣とは、儒学をもって仕える臣下の事をいいます。


象山と言えば、木屋町で

幕末の4大人斬りの1人

河上彦斎(かわかみげんさい)らに

暗殺された人物としても有名です


三条木屋町には遭難之碑が建てられています。

※河上彦斎は漫画・るろうに剣心の主人公・緋村剣心のモチーフになった人物だそうですよ。


実際、象山とは

どういった人物だったのかといいますと

兵学者であり、朱子学者

そして思想家でもあった偉大な人なんですよ

幕末にあって思想家というと

それだけで危険な生き方のような気もしますね。


ちなみに、どれくらい凄い人だったのか

一言で言いますと

暗殺しちゃった河上彦斎が

彼のそれまでの功績を知り

改心して人斬りをやめてしまったほど

偉大な人物だったんです


説明書き

お墓にあった説明書きです。


また彼は開国論者で

西洋にもかなり詳しかったらしく

そのせいで『西洋かぶれ』などと

攘夷派からは言われていたそうですよ。


というわけで今回は大法院をご紹介しました。

そんな大法院の場所はコチラ↓


大きな地図で見る

最寄の交通案内

 市バス 91・93系統 妙心寺前(みょうしんじまえ)


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