メモ2014-01-24
テーマ:史跡
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細川頼之公碑

今回は、室町幕府の管領(かんれい・将軍を補佐する役職)であった

細川頼之(ほそかわよりゆき)ゆかりの石碑・・

細川頼之公碑

細川頼之公碑を、ご紹介したいと思います


この石碑は、彼が1367年に創建した地蔵院(じぞういん)に

建っているものです。

※京都には地蔵院が2つあります。今回ご紹介している地蔵院は通称『竹の寺』で知られる、洛西エリアにある寺院です。


では早速

細川頼之について詳しくお話したいと思います!

彼は室町時代初期の武将であり

冒頭でも伝えたように室町幕府の管領として知られています。


細川家は、足利家に仕える武家で

1329年、三河国(みかわのくに・愛知県東部)で生まれた細川頼之は

幼少の頃に室町幕府が誕生し

以後、細川家の当主として

四国や中国地方などで、南朝方と戦いました

※当時は南北朝時代であり、約60年もの間、幕府(北朝)と南朝は各地で争いを起こしていました。南北朝時代について詳しくは天龍寺 その1の記事をご覧下さい。


この他、足利将軍家の内紛をきっかけとした争いである

『観応の擾乱(かんのうのじょうらん)』でも

足利尊氏側に付き、足利直義(ただよし・尊氏の弟)側と戦います

こうした事もあり

足利歴代将軍から信頼を得ていた細川頼之は

二代将軍・足利義詮(よしあきら)の遺託により

管領(かんれい)に就任し

三代将軍・足利義満を補佐する事となります

※将軍補佐する役職『管領』は、細川氏・斯波(しば)氏・畠山(はたけやま)氏の三家にのみ与えられました。この三家を『三管領』と言います。


ちなみに頼之の妻は、義満の乳母だったみたいですね


細川頼之は、この後も更なる活躍を見せ

室町時代、室町幕府の名前の由来ともなった

室町殿(むろまちどの・花の御所)の造営に尽力する他

南朝との和睦などに尽力たんですねっ。


この他にも

『半済令(はんぜいれい)』の施行を行います。

簡単に言うと、軍費・兵糧調達の為に

荘園から上がる年貢の半分を

守護(しゅご・土地を取り仕切る武士・後の大名)が徴収するというものです。


こうして、数々の政策を行い

幕府の権力維持や、将軍の権威強化に努め

政治と軍事を両方見事にこなすんですね


しかし、順調だったように見えますが

紀伊における南朝征討に失敗した事が原因で

反頼之派による反発を受けます。

中でも、斯波義将(しばよしゆき)や土岐頼康(ときやすより)は

大勢の兵を引き連れ

花の御所を訪れ、足利義満に対して

細川頼之の罷免(退任)を迫ったとも言われています。


結果的に、これを受け入れる形で

義満により罷免が言い渡され、頼之は出家し

仏門に入りました。

※この時、領地の四国に一時帰ったそうです


その後、1391年に斯波義将が管領を辞任した事をきっかけに

義満の力により再び幕政に復帰!!

細川頼之は義満から上洛命令を受け、入京する事となります

再度の管領就任を要請されましたが

養子である頼元を推し、自らは後見人という形で復帰したようです。


しかし1392年に病気により死去。

享年64歳だったそうです。

葬儀は義満が主催して相国寺で行われました。


義満にとっては一番信頼出来る家臣であり

彼に対する思い入れも、人一倍、強かったのではないかなぁと

思いますね


細川頼之公碑

ちなみに、この地蔵院には

この碑以外にも、彼のお墓もあるんですよ。


地蔵院については、地蔵院(竹の寺)をご覧下さい

という事で、今回は細川頼之公碑をご紹介させていただきました。


場所はコチラ↓


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