メモ2013-10-14
テーマ:その他
関連:京のユニークな地名 その1 / 京のユニークな地名 その2 / 京のユニークな地名 その3 / 京のユニークな地名 その4 / 京のユニークな地名 その5 / 京のユニークな地名 その7 / 京のユニークな地名 その8 / 京のユニークな地名 その9 / 京のユニークな地名 その10 / 京のユニークな地名 その11 / 京のユニークな地名 その12 / 京のユニークな地名 その13 / 京のユニークな地名 その14 / 京のユニークな地名 その15 / 京のユニークな地名 その16 / 京のユニークな地名 その17 / 京のユニークな地名 その18 / 京のユニークな地名 その19 / 京のユニークな地名 その20 / 京のユニークな地名 その21 / 京のユニークな地名 その22 / 

京のユニークな地名 その6

今回ご紹介するのは・・・

京のユニークな地名です


京都に残る、一味違った

ユニークな地名や町名、通りの名前を

ご紹介したいと思います

では、早速いってみましょう~。


・神足(こうたり)

『神』に『足』で・・こうたり!?

一風変わったこちらの地名は

京都府長岡京市に残る町名です。


長岡京市と言えば

かつて『長岡京』と呼ばれる都があったところですよね

神足という名も、その頃に付いたと言われています。


その起源は?と言いうと・・

時の天皇『桓武天皇(かんむてんのう)』が

この地(現在の神足)に降り立った神様の夢を見た事に由来します。


この神様は

宮中を襲おうとした悪霊の手から、長岡京を守ったようで

夢を見た桓武天皇が社を作り、この神様を祀ったんですね


長岡天満宮

長岡といえば、こちらの『長岡天満宮』が有名ですよね。(神足からは西に1.2キロほどの場所に建っています。)5月には綺麗なキリシマツツジが色付くんですよっ。詳しくは長岡天満宮 その3の記事をご覧下さい。


この神様こそが、神足の名の由来であり

神様がここに来てくださったという事から『神至り(かむいたり)』と呼ばれ

それが転じ、以後地名となったと言われています。

※神の事を昔は『かむ』と発音したそうです。


ちなみに『足』という漢字が使われた理由については

桓武天皇はその神様の顔を見ようとしたが

顔を上げる事が出来ず、足元しか見る事が出来なかったから

だと言われているんですよ


・新京極通り(しんきょうごくどおり)

京都の繁華街にある約500メートルのアーケードの通りで

数多くのお店が並ぶ、京都でも大変にぎやかな通りの1つです。

※この通りは、1872年に槇村正直(まきむらまさなお・京都府2代目知事)によって作られました。


ちなみに、新京極通りという名は

現在の寺町通り(南北を走る通り)が

かつて『京極通り』と言われていた事によるもので

その東側に平行して走る通りであった事から『新京極通り』と名付けたそうです。


では・・・この『京極』には、どんな意味が隠されているのでしょうか?

それは、ずばり!『京極』とは『京の極み(先端)』を意味し、平安京では、ここが『京都の果て』とされたからなんですね


錦天満宮

新京極通りに面しているお寺や神社はいくつかあります。中でも有名なのは、こちらの錦天満宮(にしきてんまんぐう)ではないでしょうか?この他にも、蛸薬師堂(永福寺)染殿院などがあります。


ちなみに、京極と呼ばれた地は2つあり

寺町通り(京極通り)は東の果ての通りでした


では?もう1つは?と言いますと

現在はすでに通りとしては存在しないそうですが

その名前は『西京極』という地名として残っているんですよ。

※西京極の場所に関しては、記事の下部にある地図でご確認下さい。


・轆轤町(ろくろちょう)

こちらは京都・東山エリアにある町名で

陶芸作りで使われる道具の『轆轤(ろくろ・回転する円形の台)』

より付けられた名前です。

だったら普通じゃん!って思っている方・・

実は、この轆轤とは後世になって付けられた名前であり

かつては・・・

髑髏町(どくろちょう)と呼ばれていたのです!!


そうです、あのガイコツの事です(汗)

江戸時代になり、髑髏町ではあまりにも不吉だろうという事から

轆轤町に改められたそうですよ。


では、どうして髑髏町と呼ばれていたのかと言いますと

その名の通り

平安時代、この辺り一帯には

おびただしいほどの髑髏(ガイコツ)が転がっていたからなんですね~(汗)


つまり、ここは埋葬地だったのです

毎日、多くの死体がこの髑髏町に運び込まれていたのでした


六道珍皇寺

ちなみに、このすぐ北側には

あの世に繋がっていると言われる『冥途通いの井戸』で有名な

六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ)があります。


冥途通いの井戸

この井戸を使って小野篁(おののたかむら)は

昼は朝廷、夜は閻魔庁に出仕したという伝承が残されているんですよ。

※小野篁や冥途通いの井戸について、詳しくは六道珍皇寺の記事をご覧下さい。


・赤池(あかいけ)

赤色をした池があった事を起源としているんですが

この『赤』とは『血』の事を意味し

首を池で洗った際に、池が真っ赤に染まったという伝承から、以後、赤池と呼ばれるようになりました

※現在、池自体は存在しません。


誰がこの池で首を洗ったのかと言うと・・

平安時代後期、北面の武士(ほくめんのぶし・上皇の身辺を警衛した武士)であった

遠藤盛遠(えんどうもりとお)という人物で

彼が、愛する人であった袈裟御前(けさごぜん)の

首をここで洗ったそうです。


城南宮

赤池のすぐ近くには方除けで有名な城南宮(じょうなんぐう)が建っています。城南宮について詳しくは城南宮 その1城南宮 その2城南宮 その3の記事をご覧下さい。


これには、ある悲しいエピソードがありまして

遠藤盛遠と袈裟御前は恋仲でしたが

彼女には渡辺渡(わたなべのわたる)という夫がいたのです。


つまり・・・禁断の愛でした。


この事から、遠藤盛遠は夫を殺して

袈裟御前を奪う計画を立てたのです

そして、いよいよ計画が実行され

渡辺渡の寝込みを襲い・・・遠藤盛遠は刀を勢いよく

振り下ろしたのですが


なんと・・そこにいたのは袈裟御前だったのです。


つまり彼女は、自分が身代わりとなって

遠藤盛遠に斬られたのでした。

最後は夫を守り、自らの死を選んだというワケだったんですね。


結果的に愛する人を殺めた遠藤盛遠は

悲しみに暮れながら、赤池で彼女の首を洗い

名を文覚(もんがく)と改めて、仏門に入ったそうですよ。


という事で今回は

京のユニークな地名をご紹介させていただきました。

場所はコチラ↓


より大きな地図で 京のユニークな地名 その6 を表示