メモ2013-08-19
テーマ:神社

大将軍神社(西賀茂)

今回ご紹介する神社は西賀茂(にしがも)にある・・・

大将軍神社

大将軍神社(たいしょうぐんじんじゃ)です

※西賀茂は上賀茂神社(京都市北部)の西側に位置するエリアになります。


こちらの大将軍神社は

平安京遷都の際に、都を守る鎮守社とされた神社で

京都の四方(東西南北)に点在しています。


こま札

こま札は正面入り口の真逆(北側)の、大通りに面した所に立っていました。


ちなみに、四方に点在する大将軍神社は以下になります

北…大将軍神社(西賀茂)

京都府京都市北区西賀茂角社町129


東…大将軍神社(東山三条)

京都府京都市東山区三条大橋東三丁目下ル長光町640


南…大将軍社(藤森神社の境内摂社)

京都府京都市伏見区深草鳥居崎町609


西…大将軍八神社

京都府京都市上京区一条通御前西入ル48

※同じ神社名である事から、区別する為に西賀茂の大将軍神社を『西賀茂大将軍神社』呼ぶ事もあります。上記の4つ以外にも、今宮神社境内の大将軍社を北の鎮守社とする説もあるようです。


そもそも『大将軍』とは何か?と言いますと

中国で生まれた神様で

各方位を守る武神のようです!

こうした事から、日本でもこれらの方角に大将軍を祀り

どうぞ平安京をお守りください~

と、お願いしたんですね。

※中国から来た大将軍という神様は、後に日本の神『素盞嗚命(すさのおのみこと)』と同一視されるようになったと言われています。


という事で今回は、その中から

西賀茂にある『大将軍神社』をご紹介させていただきます

拝殿

鳥居をくぐり参道を歩くと、拝殿が見えてきました。

通常は通れないように柵がしてありますが

神事が行われる際は、取り外している事もあるそうです。


そんな大将軍神社が創建されたのは

609年、瓦屋寺と呼ばれるお寺の鎮守社として創建された事を起源とします。

※西賀茂エリアには、瓦窯(がよう・瓦を焼く為の窯)跡が数多く残っている事から、当時瓦職人が数多くいたと言われ、瓦屋寺に寝泊りしていたようです。


この地に古くからある古社だったようですが

都が遷都されてからは、先ほどもご説明した通り

北の守護神社として位置づけられるようになりました


さて、そんな西賀茂の主祭神は・・・

『磐長姫命(いわながひめのみこと)』と呼ばれる神様で

加えて、その家族と言われる四神を祀っています

※この四神に関して、名前は不明だそうです。


この神様は、日本神話に登場する女神で

『寿命』に深く関係している神様なんですね


本殿

こちらが本殿になります。この社殿はかつて上賀茂神社の境内末社『片岡社』の社殿だったそうですよ。江戸時代初期に移されたそうです。


どういった事かとご説明しますと・・・

彼女には妹がいました。

それが『木花開耶姫命(このはなさくやひめ)』という神様で

絶世の美女と言われていたんですね。

※そして妹と対照的だったのが姉の『磐長姫命』で、顔は岩のよう(容姿が良くない)だったそうです。


そんな木花開耶姫命に恋をしたのが・・

邇邇芸命(ににぎのみこと)という神様です!

※邇邇芸命は、天照大神(あまてらすおおみかみ・天皇家の祖先神)の孫と言われている神様です。詳しくは道祖神社の記事をご覧下さい。


本殿と立砂(盛砂)

本殿の前には、このように大きな立砂(盛砂)がありましたよ。


一目ぼれした邇邇芸命は

早速、彼女の父親である『大山祇神(おおやまつみのかみ)』に

許しを貰いに行ったそうです。

大山祇神はたいへん喜び、沢山の献上物に加えて

姉である『磐長姫命』もセットで、邇邇芸命に差し出したと言われています。


しかし、邇邇芸命は

嫁に欲しいのは木花開耶姫命であり

容姿も良くない磐長姫命を愛する事などあるはずもなく

なんと・・大山祇神につき返してしまったんですね!


こうして木花開耶姫命と結婚したと言います。


山王神社・春日神社・八幡神社・松尾神社・愛宕神社

向かって本殿左手に並ぶ末社(手前より山王神社・春日神社・八幡神社松尾神社・愛宕神社)です。


角社・稲荷神社・貴船神社・片岡神社

右手にも末社が並びます。手前は大将軍と同一視されている素盞嗚命(すさのおのみこと)を祀る角社です。その奥は稲荷神社・貴船神社・片岡神社となっています。


その後、邇邇芸命は

木花開耶姫命との間に子をもうけます。

これが後の天皇家に繋がっていくんですね。

※この二柱は神武天皇(神武天皇)の曽祖父母にあたります。


それにしても、どうして大山祇神は

姉妹をセットにして送りだしたのでしょう??


彼は後に、こう語ったと言われています・・

「磐長姫命と結婚していれば邇邇芸命の寿命は

岩のように長く続く(永続性のある鉱物)ものとなるはずだった。


しかし、磐長姫命を追い返し

木に咲く花のように、最後は散る運命の木花開耶姫命とだけ

結婚してしまった事により

彼らの子の命は限りあるものになってしまうだろう。」

・・・と言ったそうです


瓦窯にあった石

かつてあった瓦窯から発見された石のようです。拝殿横に置かれていました。


それ以後、彼らの子孫の寿命は限りあるもの(人並み程度のもの)になってしまったと伝えられています。


という事で

こうした事から磐長姫命を祀る大将軍神社は

不老長寿・延命長寿のご利益があるそうですよ


そんな大将軍神社の場所はコチラ↓


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