メモ2013-08-01
テーマ:神社

諸羽神社

今回ご紹介する神社は・・・

諸羽神社

諸羽神社(もろはじんじゃ)です


こちらは、琵琶法師に祖神として崇められた

盲目の琵琶の名手『人康親王(さねやすしんのう)』ゆかりの神社なんですっ!


諸羽神社の起源が書かれた略記

まず最初に、諸羽神社の起源について

ご説明しますと

862年に清和天皇(せいわてんのう・源氏の祖)の勅令によって

創建されました。


拝殿

こちらは拝殿になります。境内の社殿は、江戸時代中期に再建されたものだそうです。


ちなみに、諸羽神社のある京都市山科区北部は

かつて御料地(朝廷の所有地)だったそうで

この地にそびえる柳山(りょうざん・現在の諸羽山)に

降り立ったと言われる

天児屋根命(あめのこやねのみこと)と

天太玉命(あめのふとだまのみこと)を

祭神として祀った事を起源とします


天児屋根命は

藤原氏の氏神としても知られる神様です

また天太玉命は

忌部氏(いんべし・いみべし)の氏神とされています。

ちなみに、忌部氏の末裔には

・・あの織田信長がいるそうですよっ


本殿

更に奥には本殿が並びます。

日本神話において

これらの神様は

天孫降臨(てんそんこうりん)の際に

瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)という神様に従って

天上界(高天原)から葦原中津国(あしはらのなかつくに・日本の国土の事)に

降り立ったと言われています。


社殿が創建された際

この二柱を『両羽大明神(もろはだいみょうじん)』と称しました。


さて、先ほど御料地であったと書きましたが

この地にゆかりのある人物というのが・・

人康親王なんですね!!


彼は平安時代初期

仁明天皇(にんみょうてんのう・第54代天皇)の

第四皇子として生まれますが

若くして失明してしまい、出家して山科に隠棲したそうです。

※その際に、法名を『法性』とし、近くに山荘を構えて生活していたそうです。


『天満宮』と『稲荷社』

こちらは末社である『天満宮』と『稲荷社』です。


この頃から琵琶(びわ)を愛し、奏でていたと言われています。

これってまさしく・・・

琵琶法師(びわほうし・琵琶を弾く盲目の僧)の姿ですよね!

当時から名手として知られていたようで

多くの盲人に、琵琶を教えていたと言われています。


この事から、琵琶法師の祖神として

崇められる事となりました。

伊勢物語にも、『山科の禅師』として

人康親王が登場しているそうですよ~


その後、江戸時代になると

多くの琵琶法師たちは諸羽神社に集まり

琵琶を奏で、彼の死を偲んで供養を行っていたそうです。


琵琶石

境内には彼が座って琵琶を奏でたと言われる

琵琶石があります。


そんな彼にゆかりが深かった事から

諸羽神社やこの地一帯を『第四皇子』にちなみ

『四ノ宮』と呼んでいたそうです


磐坐

境内にはもう1つ大きな石があります。

それが磐坐(いわくら)です

磐坐とは、神様が宿る(座る)場所(石)を

意味する言葉です。

つまり、この岩に神様が降り立ったという事

なんでしょうね~。


拝殿横手のお堂

『楊柳山(ようりょうざん)』と書かれた額が飾られたお堂もありました。


創建後、社殿は『応仁の乱(おうにんのらん)』などで

2度、焼失したそうで、現在のもの多くは

江戸時代に入り

住民らの力によって再建されたそうです

句碑

『雪散らし 一鳥翔ち志  あとの宮』雪を散らしながら、神社から勢いよく真っ直ぐに飛び立つ、一羽の鳥の様子を描いた句のようです。


この他、祭神に

八幡宮(八幡神・応神天皇の神霊)や

国産みの神で知られる 伊弉諾尊(いざなぎのみこと)

彼の子供にあたる素戔嗚尊(すさのおのみこと)などが

合祀されました。


そして、この時『両羽』から『諸羽』の字があてられ

諸羽神社と呼ばれるようになったそうですよ。


そんな諸羽神社の場所はコチラ↓


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