メモ2013-02-06
テーマ:ゆかりの地巡り

紫式部ゆかりの地巡り

こんにちは京子です!

今回ご紹介するのは

紫式部ゆかりの地巡りです


平安時代を代表する歌人(作家)で

『源氏物語』の作者として知られる彼女について

詳しくお話しながら、ゆかりの地をご紹介したいと思います


・真珠庵(しんじゅあん)

京都府京都市北区紫野大徳寺町52番地(通常非公開)


平安時代中期、藤原為時(ためとき)の娘として生まれます。

※出生に関して、様々な諸説がありますが、970~978年頃に生まれたと言われています。


父親は先生であり、天皇に漢詩を中心とした学問を教えていたそうで

娘の教育にも熱心だったようです。


大徳寺の境内塔頭である真珠庵のお庭には

『紫式部・産湯の井』と伝わる井戸があるそうです


その後、998年頃に藤原宣孝(のぶたか)の妻となり

一人娘の賢子(かたいこ)を産みます


・一条院跡(いちじょういんあと)

上京区大宮通中立売上ル糸屋町


しかし、数年で夫と死別してしまった彼女は

一条院(当時の里内裏)にて、一条天皇の中宮『藤原彰子(ふじわらのしょうし)』に

仕える事となりました。


ちなみに、藤原彰子に仕えた女性は

紫式部の他にも・・

和泉式部、藤原賢子(紫式部の娘)

小式部内侍(こしきぶのないし・和泉式部の娘)

赤染衛門(あかぞめえもん)

伊勢大輔(いせのたいふ)

などがいます。

彰子の元で、女性達は毎日歌の数々を詠み合い

センスを競っていたのかもしれませんね


そして、この時に

紫式部が書き上げたのが『源氏物語』です!!


・廬山寺(ろざんじ)

廬山寺

京都府京都市上京区寺町通広小路上ル北之辺町397


紫式部の邸宅跡には現在、廬山寺が建てられています

彼女は、彰子に仕えながら

源氏物語の執筆をしていたようです

※廬山寺には源氏庭(げんじてい)と呼ばれる素敵なお庭もあるんですよ。詳しくは、廬山寺 その1廬山寺 その2の記事をご覧下さい。


ちなみに、源氏物語の作者は

一般的に紫式部と言われていますが

どのくらいの時間をかけて書かれたのか?

執筆が始まったのはいつ頃なのか?

といった事は定かではなく様々な諸説があります。


しかし、紫式部の残した

『紫式部日記(むらさきしきぶにっき)』によると

彰子の元に仕えている頃には

『源氏物語だと思われる書』が、ある程度

書き上げられ、すでに公家達に読まれていたと記述されています。

それが1008年頃と推測されているんですね。

※ちなみに、彼女が彰子に使えていたのは1012~13年頃までだそうです。その数年後、再び彰子に仕える事となります。


ちなみに源氏物語についても簡単にご説明しておきますと

数々の女性達と浮世を流す『光源氏(ひかるげんじ)』を中心とした

わが国、文学史上もっとも優れた物語です。


京都を舞台に繰り広げられるラブストーリーで

現在の文庫本に換算すると、およそ6~7倍ほどの文字数がある

長編大作となっています。

※源氏物語について詳しくは嵯峨釈迦堂(清凉寺)の記事をご覧下さい。


・片岡社(かたおかのやしろ)

片岡社

京都府京都市北区上賀茂本山339


上賀茂神社の境内にある片岡社は

縁結びのご利益がある事で知られ

紫式部も度々、参拝していたと言われています。


境内には彼女の歌碑も残されているんですよ

源氏物語において賀茂祭(現在の葵祭)が

取り上げられている事からも

賀茂社は彼女にとって身近な存在だったようですね。

※片岡社や歌碑については上賀茂神社 その3の記事をご覧下さい。


・紫式部の墓

紫式部の墓

京都府京都市北区堀川通北大路下ル西側


彼女の晩年に関して、詳しい事は分かっていませんが

かつて、この場所にお墓があった事が

室町時代に書かれた源氏物語の注釈書『河海抄(かかいしょう)』に

記載されているそうです。

この事から、後に墓が再建されたそうですね

もちろん、現在でも参拝は可能です


※お墓について詳しくは紫式部と小野篁のお墓の記事をご覧下さい。


・千本ゑんま堂

紫式部の供養塔

京都府京都市上京区千本通鞍馬口下ル閻魔前町34


千本ゑんま堂(引接寺・いんしょうじ)には

紫式部の供養塔が立っています。

1386年に圓阿(えんあ)というお坊さんによって

建てられたもので

高さは6メートルもある巨大なものです。

横には彼女のオブジェも建てられていますよ


閻魔大王

こちらには千本ゑんま堂は、名前からも分かるとおり

本尊には『閻魔大王』が祀られています。

※千本ゑんま堂に関しては千本ゑんま堂(引接寺)の記事をご覧下さい。


平安末期に書かれた歴史書『今鏡(いまかがみ)』によると

紫式部は死後、源氏物語を書いた事で

「色恋の絵空事を書き、多くの人々の心を惑わした」という理由から

閻魔大王に地獄に落ちるように言われたと言います。


しかし、閻魔大王の補佐をしていた

小野篁(おのたかむら)によって彼女は助けられ

無罪放免になったと言われています

※平安時代の歌人・小野篁については六道珍皇寺の記事をご覧下さい。


という事で

今回は紫式部ゆかりの地をご紹介させていただきました。



より大きな地図で 紫式部ゆかりの地巡り を表示



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