メモ2012-12-18
テーマ:その他

京都3熊野

こんにちは京子です!

今回ご紹介するのは・・・

京都3熊野(きょうとさんくまの)です。


平安時代、天皇家では

熊野詣(くまのもうで)が流行っていました


これは

紀伊半島南部、和歌山と三重の県境にある

『熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社』という

熊野三山を参拝するというものです。


しかし、膨大な時間とお金が

かかってしまう為に

熊野の神を京都に勧請し、神社を建て

参拝したですね。


今回は、そんな『京都3熊野』と呼ばれる

3つの熊野神社をご紹介します


熊野神社(くまのじんじゃ)

熊野神社

住所:京都市左京区聖護院山王町43

創建:811年

平安時代の僧、日圓(にちえん)によって建立された神社です


創建の際には

紀州から土や木を持ち込み

建てられたと言われています。


応仁の乱で焼失しましたが

江戸時代に入り、再建されました。


熊野神社

祭神には

伊弉諾尊(イザナギノミコト)と伊弉冉尊(イザナミノミコト)の

夫婦が祀られている事から

縁結びや安産などのご利益があります。


また建立されている場所が

『八ツ橋』発祥の地である聖護院(しょうごいん)と呼ばれる場所で

この地の守護神としても崇敬されている神社です。

熊野神社に関して詳しくは『熊野神社』の記事をご覧下さい。


では続いて

2つ目の神社をご紹介します!


新熊野神社(いまくまのじんじゃ)

新熊野神社

住所:京都市東山区今熊野椥ノ森町42

創建:1160年


後白河上皇により勧請された神社で

上皇は、平清盛に命令を出し

紀州から土や木の他にも

那智の浜の石を敷き詰めたと言われています。


『新』と書いて『いま』と呼ばれるのには理由があり

紀州にあった熊野の神社を『昔』

京都に持ってきた、新しい熊野の神社を『今』

と考えられた事から

新熊野と書いて「いまくまの」と呼ぶようになりました


さすり木

境内にある『さすり木』は

後白河上皇、手植えの神木『楠木』の一部です。


上皇は、これを植えた事により

腹痛が治まったという故事から

さすると、腹痛が治ると言われています


室町時代には、能の祖で知られる

観阿弥(かんあみ)・世阿弥(ぜあみ)の親子が

ここで猿楽(さるがく・能の元となった芸能)を

足利3代将軍『義満』の前で演じた事がきっかけで

庇護されました


では最後の神社をご紹介します


熊野若王子神社(くまのにゃくおうじじんじゃ)

熊野若王子神社

住所:京都府京都市左京区若王子町2

創建:1160年

こちらも新熊野神社と同様に、後白河上皇によって創建された神社です


梛の木

境内にある

ご神木『梛(なぎ)の木』は

樹齢400年以上、高さ約15メートルの立派なものです


神社のお守りにも

梛の葉を使った梛守(なぎまもり)などがあります。


東山と呼ばれるエリアに位置する熊野若王子神社

銀閣寺や、哲学の道からも近く、桜の季節には

この辺りには多くの人が訪れます。


室町時代、8代将軍『義政』が

ここで花見をした事でも知られています。


八咫烏

そして、熊野神社と言えば

神使として知られる『八咫烏(やたがらす)』が有名です。


3本足の特徴的なルックスは

日本サッカー協会のシンボルマークにも使われていますよね。


このカラスは

神武東征(じんむとうせい・神武天皇が九州から近畿に東征し、大和を統一した話)の際に

神武天皇を先導したと

言われているんですよ。


という事で、今回は京都3熊野をご紹介させていただきました


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