メモ2011-08-05
テーマ:史跡

木戸孝允旧邸

こんにちは、京子です。

さて本日ご紹介するのは史跡です♪

幕末、維新志士のひとりである桂小五郎(かつらこごろう)!

彼の邸宅であった・・・

木戸孝允旧邸

木戸孝允旧邸(きどたかよしきゅうてい)です。


長州藩出身で、維新の三傑にも数えられる桂小五郎。

※彼は後に木戸孝允と名を改めます。


木戸孝允旧邸

では、今日はそんな彼の邸宅をご紹介しながら

長州藩の桂小五郎とは・・いったいどんな人物だったのかを

ご説明させていただきたいと思います♪


さて、彼がした事で一番の功績と言えば・・

版籍奉還(はんせきほうかん)!

そして

廃藩置県(はいはんちけん)!

この2つではないでしょうか~。


これにより、徳川幕府の作った封建制度を解体し、見事に中央集権国家を作り上げる事となるのです。

木戸孝允旧邸

桂小五郎は1833年に、現在の山口県萩市に生まれます。


剣豪で有名だった桂小五郎。

彼が、師匠として尊敬していたのが吉田松陰(よしだしょういん)ですよね。

吉田松陰は「このままの日本ではダメだ。」と訴えていました。


さて、そんな桂小五郎は吉田松陰を失う事となったのが

・・・幕府のおこなった『安政の大獄』ですね!

※『安政の大獄』に関しては圓光寺の記事をご覧下さい。


これにより、桂小五郎は怒り

「今に見ておれ、徳川幕府よ!!!」と悔しい思いをしたようです。


木戸孝允旧邸

元は五摂家のひとつである近衛家(このえけ)のお屋敷で、それを譲り受け一部がこうして残っているんですね。


木戸孝允旧邸

木戸孝允は44歳でこの世を去りますが、その一週間ほど前に、明治天皇もお見舞いに訪れたそうですよ。


この当時、長州藩はどんな空気になっていたのかというと

もしかすると日本は外国人に乗っ取られるかもしれない・・

このままじゃいけない

と、ピリピリしたムードが漂っていたのです。


そんな中で長州は外国船に対して砲撃をしたりしたんですね。


いわゆる攘夷を実行したのです。

※攘夷とは「夷敵=外国人」を打ち破るという思想の事です。


木戸孝允旧邸

こちらは邸宅内部です。縁側をパシャリ。古き良き日本家屋って感じがしますよね~★


木戸孝允旧邸

2階部分です。窓からは鴨川が見えますよ♪


その後、八月十八日の政変や池田屋事件、禁門の変などが起こり

長州藩は幕府や、薩摩藩らを強く憎むようになります!!

※『八月十八日の政変』に関しては梨木神社の記事を、『池田屋事件』に関しては木屋町界隈の史跡 その2をご覧下さい。


桂小五郎はこの時期に

次々と同士を失う事となるんですね。


池田屋事件では、長州藩の主要人物が次々に新撰組に殺され・・

禁門の変では、約400人もの同士が殺されます・・・(泣)

自害した人間も多数。。


完全に意気消沈した長州藩でしたけれど

この時期には、後の奥さんとなる京都の芸子である幾松(いくまつ)と出会っています

なかなか頼もしい女性なので、是非そのエピソードを木屋町界隈の史跡 その1で、ご覧下さい。


そして、もう一人忘れていけないのがこの人ですね・・・

そうです。

(・∀・)ノ坂本龍馬っ。


「幕府を倒すには、薩摩・長州、2つの藩が力を合わせなきゃいけないぜよー!!」

と、龍馬や中岡慎太郎の尽力により、薩長同盟が結ばれる事となるのです。

※『薩長同盟』に関しても木屋町界隈の史跡 その1をご覧下さい。


木戸孝允旧邸

こちらは、達磨堂です。木戸孝允の息子、忠太郎の達磨コレクションが拝見できます。


木戸孝允旧邸

ちなみにコチラが木戸忠太郎さんですね。


木戸孝允旧邸

達磨堂の入り口には、なんとも言えない表情のだるまさん♪


木戸孝允旧邸

よーく見ると、窓の形もちゃんとダルマの形をしてるんですよ。


これ以後は一気に政局が変わり

大政奉還(たいせいほうかん)が行われ、王政復古の大号令(おうせいふっこのだいごうれい)が出され

明治新政府がスタートしたんですね★

※『大政奉還』に関しては二条城の記事をご覧下さい。


さて、ここで桂小五郎は西郷隆盛と一緒に

ひとつの国となるべく中央集権国家を作る為に

まずは、版籍奉還(はんせきほうかん)をします。


これまでは、

日本は300程の国に分かれていて、そこに殿様が住民や土地を支配していたのです。

そのスタイルを変革するのです!


版籍奉還では、まずは今までは殿様の持ち物であった

土地(版)や民(籍)を国に返す(奉還)という事から始めようとなったんですね♪

まずは、ひとつにまとめる事を始めたのです。


でも、そんなの、殿様からしたら

「いやだー!絶対イヤだー!」ってなりますよね?


だって自分のモノだったんだもん。。


そこで、明治維新の中心であった薩摩藩や、長州藩、土佐藩などが

先陣を切って版籍奉還を行った事によって、他の藩も続く形となりました


そして、更にその2年後、廃藩置県(はいはんちけん)が行われます!

藩自体を廃止し、府や県に統合し、そこに中央から派遣された人たちをトップに置いたんですね。


つまり、それまでの殿様ではなく、県知事を中央から派遣しました。


この版籍奉還と廃藩置県はドコがすごいのかって言うと・・・

こんな一大改革を、大きなトラブル(武力衝突)も無しに行う事に成功した事でしょう♪


木戸孝允旧邸

屋根の部分にも、かわいいダルマさんがいらっしゃいますよ。


木戸孝允旧邸

お堂の中には、『達磨図』が。明治~昭和初期の日本画家である下村観山(しもむらかんざん)の作品です。


木戸孝允旧邸

一万点にも及ぶ、各地のだるま人形や玩具がコレクションされています。


終生は、西南戦争をしていた西郷を心配し「西郷、いいかげんにしないか」

旧友を心配し続けていたといいます。


お墓は勤皇志士たちが多く眠る霊山護国神社にありますよ。

そんな木戸孝允旧邸の場所はコチラ↓


大きな地図で見る

最寄の交通案内

 京阪電車 京阪本線 神宮丸太町駅(じんぐうまるたまちえき)

1 ■質問で~す♪

京子さん、ご無沙汰しております。
質問なのですが、この建物はやはり
復刻されたものなのでしょうか?
さすがに当時のままではないですか(?_?)

アボカ丼さん 2011-08-06 01:21:57

2 ■何時の世も!

今でも、「このままではダメだ。」と言われていますが、理想って何でしょうね?(^▽^)

木戸忠太郎氏はダルマを集めてるのが一番幸せだったんでしょうね。(^_^;)

ではでは!

和平 明憲さん 2011-08-06 11:21:36

3 ■Re:質問で~す♪

>アボカ丼さん
お答えしま~す♪
この旧邸は江戸から、達磨堂は大正から続いているみたいですよ~(´0ノ`*)

修繕等でお手入れはされているかも知れませんけれど、凄いですよねo(^-^)o

京子 2011-08-08 14:13:59

4 ■Re:何時の世も!

>和平 明憲さん
私はコメントを読んでいるときが、幸せです(≥▽≤)

いつも有難うございます(o^-')b

京子 2011-08-08 14:45:32


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