メモ2011-04-01
テーマ:お寺

弘源寺

こんにちは京子です。

さて、本日は・・・

弘源寺の正門

弘源寺(こうげんじ)です

こちらは、天龍寺の境内塔頭になります。

※天龍寺と言えば、足利尊氏が後醍醐天皇を弔う為に建てたお寺で世界遺産にもなっています。


弘源寺の春の特別拝観看板

弘源寺は普段、非公開になっていますけれど

年に2回、春と秋に毎年期間限定で公開しているんですね


西山弘源禅白と書かれた石碑

1429年に室町幕府の管領である細川持之(もちゆき)が

天龍寺の開山者である夢窓国師(むそうこくし)の

法孫にあたる玉岫禅師を開山に迎え建てられました。


ちなみに、この細川氏は

室町幕府の三管領(さんかんれい)のひとつで、管領というのは将軍を補佐する役職なんです。

※残る2つは、斯波(しば)氏、畠山(はたけやま)氏です。


つまり、細川氏は

立派な家柄という事ですね~

細川持之の息子は

あの、応仁の乱で有名な細川勝元なんですよ。


弘源寺の境内の様子

さて、まずは山門をくぐり境内に足を踏み入れます。

まず左手に建っていたのは・・・

弘源寺の毘沙門堂(びしゃもんどう)

毘沙門堂(びしゃもんどう)

お堂の中には、「毘沙門天像」が祀られています。

インド、中国、日本を渡って来た、この毘沙門天像は

当初、比叡山の無動寺にあったものだそうです。


弘源寺の絵馬

こちらの絵馬にも毘沙門天が描かれていました。


さて次に

こんな像も境内にはありましたよ。


弘源寺の文殊菩薩像(もんじゅぼさつ)

獅子の背中に乗った「文殊菩薩像(もんじゅぼさつ)」です。

「三人寄れば文殊の智恵」なんて言いますけれど、その文殊とは、この菩薩の事なんですね。


庫裏(くり)から本堂へと

そして、いよいよ

庫裏(くり)から本堂へと入ります!


本堂の襖には

戦前の日本画家である竹内栖鳳(たけうち せいほう)や

その一門による扇(扇子)の絵や、梅の絵、などが描かれていました。

※残念ながらそちらは撮影禁止でした。是非、生でご覧下さい!


弘源寺の幕末の刀傷

お堂の幾つかの、柱には「幕末の刀傷」があります。

この刀傷は誰によって付けられたのかと言いますと・・


長州藩士なんですねっ


禁門の変の時

ここに(天龍寺境内に)陣を構えた長州藩士が試し切りをしたそうなんですね。


その数、1500人というんですから

すごい数ですね


伝わる話としては


実にこの時、長州藩士はとってもイライラしていて

怒りをぶつけるように、この柱に刀を振り下ろしたそうです。

池田屋事件で仲間を襲われ、怒り狂い、とっても血が沸き立っていたようです!!


弘源寺の虎嘯(こしょう)の庭

最後にご紹介するのは

「虎嘯(こしょう)の庭」です。

嵐山を借景にしている枯山水庭園なんですね。

弘源寺の龍吟雲起 虎嘯風生

名前は「龍吟雲起 虎嘯風生」という言葉から取られています。


龍がいななけば雲が起こり

虎が吠えれば風が吹く。


という意味だそうで、禅の悟りを表しているそうです


見事な枯山水のお庭に加えて、思わずゾクっとする刀傷も見れちゃう

そんな、弘源寺の場所はコチラです↓


大きな地図で見る

最寄の交通案内

 JR 嵯峨野線 嵯峨嵐山駅(さがあらしやまえき)