今回ご紹介するのは

京都市下京区にある

松原道祖神社

松原道祖神社(まつばらどうそじんじゃ)です!


こちらの松原道祖神社

別名・首途の社(かどでのやしろ)と言うそうで

平安京が出来る前からこの地にあり

寒の神(さいのかみ)や道の神として

信仰されていたみたいですよ


説明書き

けれど創建時期などの詳しい事は

1788年(天明8年)の天明の大火や

1864年(元治元年)の禁門の変によって

神社に関する古文書等が燃えてしまい

わかっていないそうです


そんな松原道祖神社なんですけれど

『宇治拾遺物語(うじしゅういものがたり)』では

五条の斎(さい)として

『今昔物語(こんじゃくものがたり)』では

五条の道祖神(さえのかみ)として

文献に登場するんですね~


額

これらの文献では

松原通り沿いに建つ松原道祖神社

『五条の~』と書かれています。


これは松原通りが

豊臣秀吉(とよとみひでよし)の都市計画によって

松原通りと名前を変えるまで

五条通りと呼ばれていたからなんですね。


それでは早速、レポートしていきましょう


鳥居

まず鳥居をくぐると


すぐ目の前に本殿がありました。

本殿

こちらの本殿には

猿田彦命(さるたひこのみこと)と

天鈿女命(あめのうずめのみこと)をお祀りしています。


猿田彦命は

道祖神(どうそしん)として知られ

日本神話の中で

邇邇芸命(ににぎのみこと)の道案内をした神様として

知られているんですよ

※邇邇芸命は、天照大神(あまてらすおおみかみ・天皇家の祖先神)の孫と言われている神様です。


邇邇芸命が高天原(たかまのはら・天上界)から降り立つ際

猿田彦命が出迎えて

葦原中津国(あしはらのなかつくに・日本の国土の事)まで

道案内をしたんですね。

※詳しくは、道祖神社の記事をご覧ください。


そして天鈿女命といえば

天照大神(あまてらすおおみかみ)が

天岩戸(あまのいわと)に隠れてしまった際

天照大神を外に出させる為に開かれた宴で

天岩戸の前で舞を踊った神様として知られています。


ちなみに猿田彦命と天鈿女命の

2柱の神様は

実は夫婦なんですよ


その事から松原道祖神社

縁結びや夫婦円満にも

ご利益があるといわれています!


道祖神社と書かれた提灯

ではここで冒頭でご紹介した

宇治拾遺物語に載っている

松原道祖神社に関する逸話を

ご紹介しますね♪


その昔、藤原道綱(ふじわらのみちつな)の息子で

厳しい修行を積み

阿闍梨(あじゃり・徳の高い僧)となった

道命(どうみょう)という僧がいたそうです。


さぞかし厳格な僧なのかと思いきや・・・

実はかなりの女性好きで

数々の男性と浮名を流した

和泉式部(いずみしきぶ)の元に

よく通っていたと言われているんですね

※和泉式部について詳しくは、和泉式部ゆかりの地巡りの記事をご覧ください。


手水鉢

手水鉢


そんな道命はお経を読むのが

とても上手だったようで

ある時、和泉式部の元を訪れた際も

寝起きにお経を読んでいたんだそうです。


その後、明け方になり

うとうとしていると

ふと、人の気配を感じとって

「誰だ?」

と道命が問いかけたそうです


すると

「私は五条西洞院(にしのとういん)辺りに住んでいる翁です。」

と返事が返ってくるんですけれど

明け方という事もあってか

道明は

「それでどうした?何用か?」

と再び問いかけます。


その問いに翁は

「今夜聞いたお経は、いつもとは違って永遠に忘れられません!」

と言ったというんですね~。


いつもお経を読んでる道明にしてみれば

どういう事!?普段もお経読んでるし

と思ったと思います


そう思ったからこそ

「法華経を読むのはいつもの事!なぜそんな事を言うんだ?」

と恐らく少しキレ気味に尋ねるんですね。


それに対して翁は

「身を清められてからお経を読む時は

梵天(ぼんてん)や帝釈天(たいしゃくてん)が聞いているので

私が行っても恐れ多くて近くで聞く事が出来ません。

けれど今夜は身を清められもせずに

お経を読んでいたので

梵天や帝釈天が聞いておらず

私が近くで聞くことが出来ました!

その事が忘れられないんです。」

と言ったんだそうですよ。


つまり和泉式部の元を訪れ

おいたをした後、身を清めず

お経を読んだという事なんですね


これは

お経を読むときには

身を清めてから読むものである!

という戒めの話なんだそうです


ちなみにこの逸話に登場する翁というのが

五条の道祖神だといわれています。


石灯篭

石灯篭


一方の今昔物語では

松原道祖神社の側に大きな柿の木があって

その木に光を放った仏が現れたという話が載っているんですよ♪


近所の人は仏と信じて疑わなかったみたいなんですけれど

仁明天皇(にんみょうてんのう・第54代天皇)の皇子であった

源光(みなもとのひかる)は

「柿の木に仏なんて・・・怪しい!!」

と疑うんですね。


そこで彼は化けの皮が剥がれるのに

だいたい7日間くらいかかるだろう

と予想して仏が発見されてから

7日後に牛車で柿の木の所へと訪れました。


牛車に乗ったまま簾(すだれ)をあげると

なんとビックリ!

人々の言う通り光を放っていたんですね


でも!源光は

「怪しい・・・!」

と思い、その場でしばらく

観察し続けていたようです。


すると光は徐々に弱まりだし・・・

なんと翼の折れた大きな鳶(とんび)が

姿を現し地面に落ちたそうなんですよ!


これを見た人々もビックリ


それ以降、源光を

賢者と讃えたといわれているんですね♪


そんな松原道祖神社の場所はコチラ↓


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