今回ご紹介するのは・・・

京のユニークな地名です


京都に残る、一味違った

ユニークな地名や町名、通りの名前を

ご紹介したいと思います

では、早速いってみましょう~。


・女郎花(おみなえし)

うーん・・・全く読めないっ!(汗)

もう最初の「お」しか判別不能なほど難解な読み方ですよね。


この女郎花は、京都府八幡市(やわたし・南部)にある地名で

もとは『女郎花』という花の名前から取られました。

では、なぜ八幡市に女郎花という地名が残ったのかと言うと

能の演目『女郎花』の舞台になっているからなんですね


さて、このストーリーはどういったものかと言いますと・・・

平安時代、小野頼風(おののよりかぜ)という1人の男がいました。


彼は八幡出身で、その後、京の都にて働いていたそうです。

そんな京の都の地で、深い恋仲になった1人の女性がいました。

しかし、結果的に頼風は八幡に帰る事となり

その女性とも疎遠になってしまったのです。


八幡宮

ちなみに、八幡市の『八幡』とは『八幡神(はちまんしん・八幡大神)=応神天皇(おうじんてんのう・第15代天皇)』の事を指します。全国的にこの八幡神を祀る神社『八幡宮』はあります。八幡市にも、岩清水八幡宮と呼ばれる神社があります。詳しくは京の八幡宮巡りの記事をご覧下さい。


しかし、頼風の事がどうしても忘れられなかったその女は

悩んだ挙句・・・なんと八幡まで頼風のもとを訪ねたのでした。

彼の住まいまで訪ねましたが

なんと出迎えたのは、頼風が八幡で恋仲になった女性でした


「主(あるじ)は不在です。」と告げられると

女は悲しさの余り泪川(なみだがわ・現在の放生川上流)に身を投げて亡くなったそうです。

その時、女が脱ぎ捨てた衣服がやがて朽ち果て

そこから女郎花が咲いたといわれています。


彼女が死んだ事を知った頼風が

その場所を訪ねると

この花はまるで、その女性の魂が宿ったかのように

頼風が近付くと嫌うように背を向け、遠のいたと言われています


これが頼風に自責の念を抱かせ

最後は、後を追うように泪川に身を投げたと言われ

その地には彼らの塚が建てられたそうです。


・・・悲しいお話ですね。

ちなみに、八幡市にはこの2人を供養する塚が実在しているそうですよっ!。


革堂町(こうどうちょう)

『かわどう』じゃないですよ~、こうどうですっ!

こちらは京都市上京区にある地名(町名)で

行願寺(ぎょうがんじ)の通称名である『革堂』からとられたと言われています。


革堂

行願寺は現在中京区にありますが、かつては上京区にあったそうです。お寺について詳しくは革堂(行願寺)の記事をごらん下さい。


この革堂という名前はドコから来たの?と言うと・・

行願寺を開基した行円(ぎょうえん)にちなむもので

彼が別名・革聖(かわひじり)とも呼ばれた事から

革聖の建てたお堂という事が由来となっています。


では次に、革聖と呼ばれていた理由について

説明したいと思います

実は、この行円はお坊さんになる前は狩人(ハンター)だったそうなんですね。


そんな彼がどうしてお坊さんになったのかと言うと・・

ある日、1匹の牝鹿を仕留めた際、傷口のお腹から

血と共に、・・仔鹿が生まれてきたんですね。

これを見た行円は・・初めて『殺生』をしてしまった事を悔いたそうです。


この事がきっかけとなり、改心すると

比叡山延暦寺(横川)に入り修行したと言われているんですね。


そして行円は、仏門に入るきっかけとなった

牝鹿の革(皮)に経文(きょうもん)を書き

暑さ寒さに関係なく身に付け、布教をしていたと言われている事から

革聖と呼ばれるようになったそうです


・下立売通(しもだちうりどおり)

これは京都市内を東西に走る通り名の1つです

ちなみに、この下立売通と平行するように

上立売通(かみだちうりどおり)や

中立売通(なかだちうりどおり)と呼ばれる通りも存在するんですよ。


では、この『立売』って一体・・・何なんでしょう?


菅原院天満宮神社

こちらの菅原院天満宮神社は、烏丸通下立売下ル堀松町にあります。京都の住所はこのように、通りの名前を入れるのが一般的なんですよ。


名前の由来となったのは室町時代っ。

足利義満(あしかがよしみつ・室町幕府第3代将軍)によって

『室町殿(むろまちどの・花の御所)』が建てられた際

辺り一帯では

商人らが店も構えず、立ち売りをしていたそうなんですね

つまり、この立ち売りをしていた通りを『立売通』と呼んだ事が起源となっているそうですよ。


・宮津(みやづ)

天橋立

あの有名な『天橋立』のある

京都府北部の日本海に面した宮津(市)ですが

この名前の由来はみなさんご存知ですか?


漢字をよーく見ればピンとくるんですよねっ。

よく『お宮参り』とか『宮入り』なんて言いますけど

この宮というのは何かと言うと・・・


神社の事なんですねっ!


つまり、宮津とはその名の通り

宮(神社)のある津(入り江)という事から名付けられた地名なんです。


ちなみに、宮津の名前の由来となった宮(神社)は

杉末神社(すぎのすえじんじゃ)と言い

現在も宮津最古の古社として社殿が残っています

創建されたのは今から1500年以上も前だそうですから

歴史を感じますよねっ。


宮津祭

ちなみに宮津と言えば

地元で行われる宮津祭(みやづまつり)が有名です!


江戸時代には既に行なわれていたと伝わる

『山王祭』を起源とする祭なんです。


宮津は江戸時代、宮津城を中心とした

城下町として栄えていました。


年に1度の山王祭の日には

山王宮日吉神社の神様を神輿に乗せて町に迎え入れ

武士や町民が一緒になって

宮津の平和を願ったと伝えられているんですよ

※宮津祭について、詳しくは宮津祭(山王宮日吉神社)の記事をご覧下さい。


という事で、本日は京のユニークな地名をご紹介させていただきました!

場所はコチラ↓


より大きな地図で 京のユニークな地名 その11 を表示

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